※死ネタ。青→黄。年齢操作。

黄瀬が死んだと連絡が回って来たのは、どんよりと灰色の雲が空を覆い、梅雨入りしたと発表された日のことだ。
息子が大学生になったことを機に長期の海外赴任で日本を出ている青峰の両親に代わって、桃井は目を真っ赤に腫らしながら喪服だ何だと幼馴染の世話を焼いた。ぼんやりと虚空を見つめている青峰は黄瀬が死んだということを理解できていないようで、桃井は込み上げてくる涙をハンカチで拭う。それから青峰の背中をゆっくりと叩いて、黄瀬の死を弔う場へ行こうと促した。



向日葵の実




もうすぐで誕生日だったのに、という声が聞こえてくる。どこを見ても黒色が目に入り、独特のにおいが鼻につく。
青峰がようやく友人の死を認識し、そうして心の片隅で燻っていた黄瀬への想いを自覚したのは、通夜を終え、葬儀と告別式を終え、大きな釜の中へと黄瀬の入った棺が飲み込まれていったあとだった。



***



鍵のかけられていない不用心さに溜息を吐きながら玄関で靴を脱ぎ、家の中を一通り巡り、再び溜息を吐いた桃井が青峰を見つけたのは、梅雨の晴れ間に洗濯物のはためく広い庭の隅だった。高く枝を伸ばしたハナミズキから大股で五歩分ほど距離を置いたところに、青峰がしゃがみ込んでいる。

「大ちゃん?」

そう声をかけて庭へとおりた桃井を振り返る青峰の足元に、小さな双葉が見える。どうしたの、それ。青峰の隣に同じようにしゃがみながら、桃井は尋ねた。ひまわり、と青峰が低く答える。
そっか、向日葵か。青峰が壊れ物に触れるように優しく双葉をつつくのを見て、桃井は小さく微笑んだ。黄瀬の死から三日間は食事も摂らないような塞ぎこみ方をしていた青峰を見ていただけに、こうして外に出て表情を和らげる青峰に安心したのだ。

「綺麗な花が咲くといいね」

桃井の言葉に、青峰が頷く。大きな手が愛しげに、小さな小さな葉を撫でた。





実がついた、と嬉しそうに言う青峰に向かって、桃井は首を傾げてみせる。梅雨も明け、忙しなく蝉が鳴いていた。あまりにもゆっくりと、夏は過ぎてゆく。

「向日葵の種のこと?」

氷を浮かべた麦茶を青峰へと差し出しながら尋ねる。もう花が咲いたのだろうか。麦茶を喉を鳴らして呷りつつ、青峰はちげーよ、と器用に呟いた。

「実だよ、実」

「……実? 向日葵の?」

桃井はますます首を捻る。青峰の言いたいことが分からず気になるけれど、今は幼馴染の家の庭まで“実をつけた向日葵”の様子を見に行く暇もないほど忙しかった。大学のクラブの合宿が間近に迫っていて、そのメニュー検討だったり、練習試合相手のことだったり、朝から晩まで考えっぱなしなのだ。
それに、桃井が知らないだけで、品種改良されて実をつける向日葵だってあるのかもしれない。どんな実なのだろうか。青峰がこんなに嬉しそうにしているから、きっと西瓜みたいに大きいに違いない。
目尻を下げて笑っている青峰につられて、桃井もふふっと頬を緩める。合宿が終わったら見に行くね、と子供のような約束をした。





「桃井さん、知っていますか」

練習試合の相手だった黒子にそう話しかけられても、何の心当たりもない桃井は首を横に振るしかなかった。そのことも予想していたようで、黒子は桃井の知らなかったことをゆっくりと告げてゆく。
え、と桃井の淡い色の瞳が大きく見開かれた。知らなかった。青峰が、黄瀬の親に頼みこんでその遺灰を分けてもらっていたなんて。

「最近の青峰君の様子はどうですか」

「……何も、変なところはなかったよ。やっと、きーちゃんの死も受け入れられたみたい。少しぎこちないけど、笑ってくれるよ、前みたいに」

「それなら、いいのですが」

黒子の声を耳にしながら、桃井はぎゅっと手を握り込んだ。青峰は笑ってくれている。庭の向日葵が成長する様を、慈しむような表情でいつも教えてくれる。
喉に刺さった魚の骨のように胸元に引っ掛かる不安は気のせいなのだと、桃井は自分にそう言い聞かせた。



***



大ちゃん、と声にならない声が桃井の口から漏れる。
合宿から帰った桃井の前に現れた青峰は、その隣に金色の髪と瞳を持つ青年を連れていた。あまりにも見慣れた姿だけれど、それは今この世に在るはずのないものだ。だって、黄瀬は死んだではないか。驚くほど冷たくなっていた黄瀬の横たえられた棺が、釜の中へと入っていくのを確かに見たというのに。
愛おしそうに、青峰は黄瀬の偽物に触れる。
なんで、どうして、と呟く桃井に向かって、すごく幸せそうに青峰は微笑むのだ。黄瀬を埋めた土に植えたひまわりが実をつけて黄瀬が生き返った、と。それは桃井にとって理解のできない異国語のようで、呪文のようだった。
きーちゃんが生き返るはずないじゃない。あまりのことに喉で声がつっかえてしまって、音になることも出来ずに消えていく。
青峰の手に、まるで生きているかのように指を絡めて、黄瀬のようでそうでないものは穏やかに微笑んだ。青峰もそれに笑い返す。何も知らない者からすれば、とても幸せな光景に見えるのかもしれないけれど。


ねぇ、大ちゃん。それはなんなの。
喉に引っ掛かったまま、桃井の言葉は声になることはなかった。



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うまく表現できなかった。

2013.02.10.

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