※黒→黄。


宝石のように綺羅綺羅と輝く人を手に入れたいと黒子は思っていた。それと同時に、手に入るはずはないとも理解していた。
綺麗な笑顔は黒子だけに向けられるものではない。黒子が想いを寄せる相手は、ただの高校生ではなくモデルである。紙面を通して、また画面を通して、黄瀬は様々な人に笑いかけるのだ。
まるで神様みたいだ、と黒子は思う。一人一人に平等に愛を与える神様。決して黒子のものにはならない、美しい神様だ。



スノウドウム




他校で行われた練習試合後、相田が珍しく現地解散と口にしたことから、黒子は帰りの電車に乗る前に本屋へと立ち寄った。見慣れない街の本屋で目当ての本を購入し、はて駅はどこだったか、と辺りを見渡す黒子の目に、小さな店が入り込む。
看板も何も出ていない怪しい店だが、何故か妙に惹きつけられた。誘われるように店のドアを開け、薄暗い店内へと足を踏み出せば、黒子を歓迎するようにどこからかオルゴールの音が聞こえてくる。一歩進むごとにきぃ、と床が鳴く店には、店員がいるような気配もなければ会計をする場所も無い。うっすら埃の積もった棚やテーブルに、統一性のない商品が並べられていた。雑貨屋なのだろう。
ふと視線を移した先にある品物に、黒子は手を伸ばした。凝った装飾の施された黒い台座の上には丸いガラスの球体があり、ガラスの中には透明な液体と銀色のスノーフレークが入っている。海を模したのだろうか。ガラスの底には砂が散り、珊瑚が飾られていた。

「……スノードームですね」

手のひらサイズのスノードームを、黒子は上から覗き込んで小さく首を傾げる。メインと言うべき物がガラスの中には入っていない。底にある珊瑚は、その大きさから主役ではないのだと分かる。
作るときに人形か何かを入れ忘れたのだろうか、と冗談交じりに考えながらスノードームの置かれていた棚の上に目を向けた黒子は、そこに小さな紙切れを見つけた。古いものなのだろう黄ばんだ紙に、鉛筆で薄く文字が書かれている。

『自分だけのものにしたい。そんな思いを寄せている人を、このガラスに閉じ込めてみませんか。願ってみましょう。口にしてみましょう。あなたの望みは叶います』

黒子が独特の書体を読み終えるのを見計らったかのように、右手に持っていた紙切れも、奇妙な店も、一瞬にして消えてしまった。薄暗い路地に、黒子がただ一人立っている。
白昼夢でも見たのだろうか、と目を擦ろうとして、左手にスノードームを持ったままであることに黒子は気付いた。魔法のように煙となって消えるわけでもないそれは、確かに現実に存在している。主役のいない寂しい海の中に、銀色の雪が舞い散った。小さな赤色の珊瑚は、誰かを待っているようにも感じられる。
ぼんやりと、黒子は消えてしまった紙に書いてあったことを思い出した。嫉妬してしまいそうなほど青い色が似合う金色の神様は、海をイメージしたこのスノードームにぴったりだろう。主役がいない出来そこないのスノードームも、黄瀬がいれば美しく華やぎ立派なものになるに違いない。
馬鹿なことを考えていると自覚しながらも、黒子は小さく現実味の無い言葉を口にする。黄瀬が黒子のものになるように。そう願ってしまったのだった。



***



何回目になるのかも分からない赤司との通話を終わらせ、携帯電話を閉じて、黒子はベッドのヘッドボードに飾られているスノードームを手に取った。初めて手にしたときには物寂しかった海の中には、金色の美しい少年が立っている。黒子の目の高さにまで持ち上げられたスノードームの中で、黄瀬は何度もそうしたように内側からガラスを叩いた。実際には音にならないのに、黒子っちと呼ぶ甘い声が聞こえた気がする。

「皆、黄瀬君のことを探していますよ」

黒子の声は、ガラスの中まで届かない。黄瀬は諦めたように座り込んで、その綺麗な顔を覆ってしまった。
三日前。不思議な体験をした後、スノードームを手にして帰宅した黒子がリビングで食事と風呂を済ませて自室に戻って来ると、机の上に置いていたスノードームの中に恋焦がれている人がいた。困ったようにぐるぐると広くは無いガラスの中を歩き回っていた黄瀬が黒子に気付き、助けを求めてくるのを眺めながら、あぁ、やっぱり海が似合いますね、と思ったことを覚えている。
黄瀬がいなくなったのだと日向を通じて笠松から連絡が届いたときも、赤司から電話を受けたときも、黒子は同じ言葉を口にした。黄瀬君のことは知りません、と。
例え黄瀬がスノードームの中にいるのだと教えたところで、それが真実だと誰が思うだろうか。真実だと分かったとしても、この状態の黄瀬をどうすることもできないだろう。
手のひらに載せたスノードームを眺めながら、黒子は唇の端を持ち上げて小さく笑みを作った。黒子のものになるはずのなかった黄瀬が、手中にいる。あれほど綺麗な笑顔は、もう見れそうにないことだけが残念だけれど。
黒子は愛おしげに冷たいガラスの表面を撫でた。これからはずっと、黄瀬と一緒だ。黒子だけの黄瀬、と。



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黒子くんと黄瀬くんに謝らねばなるまい。

2013.01.08.

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