※パラレル。

しとしと灰色の空から落ちる雨が、真っ直ぐに背を伸ばした立葵の花を濡らす季節のことだった。
高校生活にも随分と慣れ、親しい友人も出来、学業に部活にと忙しくしている合間の息抜きをしようと、宮地は大坪と木村と共に人で賑わう街中へと繰り出していた。アイドルグッズを取り扱う店で真剣な表情をして商品を選ぶ大坪、という友人の新たな一面に驚きながら、腹ごしらえをして、ゲームセンターに寄って、充実した休日だったと満足して帰路に就こうとした、そのときだ。
宮地たちの正面にあったビルの、今まで何も映していなかった大型ビジョンに七色の虹が現れる。あまりの色彩の美しさに足を止めた宮地の瞬きが終わらぬうちに、作りもののように綺麗な顔が映し出され、限りなく人声に近い機械音声が流れ始めた。ビジョンに映る人物のウェーブのかかった長い水色の髪は次の瞬間には桃色へと変わり、銀色を散らした虹彩は紫から緑に変わる。艶やかなピンクをした形の良い唇が控えめに動いて歌っている。あまりにも自然すぎる機械音声だ。それから、『アオイ』というシンプルな文字が画面に現れる。
画面の中にいる美しい人の、髪色と同じくして色を変えていく長い睫毛が瞳に影を落として、ゆっくりと瞬いた。ぽとり、と宮地の手から傘が落ちて地面に転がる。おい、と木村が呼びかける声も耳に入っては来ない。青色へと変わった綺麗な目が、宮地を見たような気がした。



葵の花が咲くころに




秀徳高校男子バスケ部の、会いにいけるアイドルを好きな方が大坪で、画面から出てこないアイドルを好きな方が宮地だ、とそんな嬉しくも無い紹介をされるくらいには、宮地はアオイのファンだった。アオイというのは、宮地が高校一年生の梅雨時に突然デビューしたネットアイドルであり、髪や声も加工され、主な活動場所をネットの中としている。当然、生身の人間ではないから、握手会もなければライブもない。それだというのに、着々とファンを増やし続け、今や大坪の好きなアイドルグループと二大アイドルと評されるくらいの存在となっていた。
アオイのどこが好きなのかと問われれば、宮地はその質問をしてきた相手に表面的には悪態を吐きながらも懇切丁寧に好きなところを挙げ連ねていく。それに辟易した相手がファンになったきっかけを尋ねれば、いつも決まって、宮地は少しだけ首を傾げた。真っ暗なビジョンに突然映し出された七色の虹があまりにも目を引いたことと、その後に現れたアオイが息を呑むほどに美しかったこと。要するに、一目惚れだったのだ。





久々の休日を有効に活用してアオイのグッズを手に入れた宮地は、前方からやって来る三人組に見覚えがあることに気付いた。緑間と高尾だ。その間にいる黄金色の髪をした男の顔も知っている。キセキの世代、緑間の元チームメイトだったはずだ。月バスで見た名前を引っ張り出そうと眉を顰めているうちに、緑間たちとの距離は縮まっていく。

「あ、宮地さんじゃないすか」

ひらひらと手を振る高尾と僅かに会釈する緑間に挟まれて、金髪の男は首を傾げた。だあれ、と言いたげな視線を受けたのは緑間で、それを横目に見た高尾がペラペラと紹介し始める。

「俺らの先輩で、三年の宮地さん。SFだから、黄瀬くんと同じポジションな。んで、宮地さん、こっちは黄瀬涼太くん。海常のエースで、真ちゃんの元チームメイトっす」

「何で俺の紹介が後なんだよ、轢くぞ」

「まぁまぁ。そんな物騒なこと言うと、黄瀬くんびっくりしちゃうっすよ。秀徳の宮地さんは恐い人だ、って」

宮地と高尾のやり取りに戸惑う黄瀬を見かねて、緑間が口を開いた。高尾、と呼ぶだけで、忙しく動いていた口は真一文字に結ばれ静かになる。それに宮地が眉間に皺を一本増やしたところで、黄瀬は一歩前に出て宮地に近付いた。

「初めまして、宮地さん。黄瀬涼太と言います。……えっと、緑間っちがお世話になってます」

宮地とほぼ同じ目線にある黄瀬の、髪色と同じ明るさの睫毛が揺れてその下にある蜂蜜色がゆるりと細められる。何とも言えない既視感を覚え、宮地は自己紹介も忘れて黄瀬を見つめた。人形のように整った顔。長い睫毛。形の良い唇。どこかで見たようなというよりは、宮地が毎日見ているアオイに似ている、気がするのだ。

「宮地さん、それアオイちゃんのグッズっすか」

考え込む宮地を高尾の言葉が引き戻す。右手にぶら下げていた紙袋を指して、高尾が笑っている。緑間は眼鏡を押し上げ、黄瀬は当たり障りの無い笑みを浮かべた。あぁ、やはり。そうして無機質に笑うとより一層アオイと似ている。
いつもより厳しい顔をしている宮地を不思議に思いながら、緑間たちは別れを告げた。宮地の機嫌が悪いとでも思ったのだろう。触らぬ神に祟りなしとばかりに足早に去って行く高尾と緑間に付いて行きながら、黄瀬が振り返って会釈をする。金色の髪が光を弾いて、宮地の目に焼きつくようだった。





「高尾」

と呼ばれた当人は、何かしたかなと高速で考えながら恐る恐る宮地の方を振り向いた。部活終わり、自主練前の時間だ。高尾の隣では、緑間が黙々とボールをゴールの中へと投げている。

「海常の黄瀬って、アオイに似てるよな?」

高尾は大きく瞬いた後、へらっとした笑みを浮かべた。そうっすかねぇ、と動く口も締まりがなく、宮地の眉間に皺を増やす原因となる。

「黄瀬くんとアオイちゃんは似てないっすよ、宮地さん目ぇ悪くなったんじゃないんすか?」

「……眼鏡、貸しましょうか」

「ぶっは、真ちゃんが眼鏡貸してくれるって、宮地さん! 超レアっすよ!」

「高尾黙れ、轢くぞ」

腹を抱えて笑い転げる高尾を目にも留めず練習を再開する緑間を見ながら、宮地は小さく溜息を吐いた。勘の良い高尾と、元チームメイトの緑間が似ていないと言うのなら、黄瀬がアオイと似ているというのは宮地の思い違いなのだろうか。





それでも、と宮地は思った。一度出てきた疑問はとにかく解決させなければ気が済まない性分だ。アオイのモデルとなった人が、黄瀬の姉妹や親戚だったりはしないだろうか。手元に広げた古い月バスの帝光特集のページと、パソコンの液晶に映し出されたアオイの姿を見比べる。似てはいないのだが、似ているのだ。確かに顔形も、当然髪や目の色も違うけれど、宮地には黄瀬とアオイが似ているように感じられて仕方がない。
目を擦りながら雑誌を閉じて、画面に開いた大手検索サイトに『黄瀬涼太 アオイ』と入力してみる。検索結果はどれも的外れなものばかりで、次のページに進めていくスピードも諦めで段々と遅くなっていく。
この広い世界で宮地だけなのだろうか。黄瀬とアオイが似ていると感じているのは。たった一人でもいい。宮地と同じ思いを抱いた者はいないのか。

「あ、」

と思わず声が漏れてしまったのは、膨大な検索結果の最終ページにまで辿り着いたときだった。疲れた目を擦りながら、開いたサイトは随分と古いデザインのものだ。トップページに置かれているカウンターは昨日も今日も全く回っていない。宮地の訪問で一つ数字が増えただけだ。サイト管理人の日記を綴るページは、ほぼアオイについての記事で埋まっている。その一か月前の記事に、アオイのモデルを見つけたと記されていた。

『アオイちゃんのモデルは、この黄瀬涼太っていう少年じゃないだろうか。とてもよく似ている。たまたまこのスポーツ雑誌が手に入って良かった』

やっぱり似てるよな、と宮地はその記事に向かって頷く。管理人に親近感を覚えて、宮地は暇な時間にそのブログをチェックすることにした。





宮地がチェックを始めてから三日目のブログが更新されたのを最後に、ここ二三日は何も記事が書かれていない。部活から帰宅後、自室のパソコンでブログをチェックしていた宮地にはそれがつまらなく思えた。
溜息を吐きながら頬杖をついたところで視線が移動して、今までは目につかなかった部分に気付く。ブログの脇にツイッターへのリンクが貼ってあるのだ。マウスを動かして、クリックする。プロフィールは無い。当然の如くフォロワー数はゼロで、フォローしているのもアオイの情報を呟く公式アカウントのみだ。ブログを更新していなかったここ数日のツイートを辿っていくうちに、宮地の表情は徐々に険しくなっていく。

『アオイちゃんに会いたいな』

『神奈川に行けば会える』

『僕だけがアオイちゃんの本当の姿を知っているんだね』

このツイートの『アオイ』は明らかに、『黄瀬涼太』のことを指していた。
ツイートには、ご丁寧に位置情報までもが追加されている。管理人は都内から神奈川へと忙しなく移動していることが分かった。

『アオイちゃん、プレゼントを用意してみたんだ』

『部屋の中に置いておくね』

添付されている写真には、ワンルームの部屋に置かれた大きな熊のぬいぐるみが写っている。首を真っ赤なリボンで結ばれたぬいぐるみは可愛らしいが、どこか不気味でもあった。

『これでいつでもアオイちゃんを見れるよ』

さっきの部屋を、低い視点から写した写真が添付されている。ぬいぐるみの大きさ、置かれた位置を考慮してみると、熊の目の辺りに盗撮用の小型カメラでも仕掛けられているに違いない。

『どうしてお部屋に帰って来てくれないのかな』

これが昨夜のツイートで、次のツイートはつい一時間ほど前のものだ。

『今日は直接会いに行くよ』

『東京の実家に帰るのかい。同じ車両に乗ったよ、気付いてくれるかな』

『目が合ったね。気付いてくれたかな』

『どうしてそんなに怯えた顔をするんだろう』

数分刻みにツイートされているそれの、新たに更新されたものを見て宮地は慌てて自宅を飛び出した。

『アオイちゃんの降りる駅はここじゃないだろう? 何で降りてしまったのかな。間違えたのか。追いかけて教えてあげよう』

追加されている位置情報は、宮地の最寄り駅を表示している。それなりに人通りもあるから危害を加えられることはない、とは言い切れなかった。常人とは違う思考回路なのだ。捕まったら何をされるか分からない。駅前は綺麗に整備されており、小さな路地もなければ隠れる場所もあまりない。黄瀬が道なりに走ってくれれば、見つけ出せる。助けることができるはずだ。
夜空には重い雲が立ち込めている。梅雨入り前のような湿った風が吹く中を、宮地は走った。全力で走れば駅まで五分とかからない。片手に握ったままの携帯電話の画面にはツイッターが表示されている。画面は先ほどと変わらず動かないままで、新たなツイートはされていない。

「黄瀬っ!」

街路樹の陰で見えなかった人影が、自動車のヘッドライトに照らされて明るい髪色を露わにした。押し殺した声で名前を呼んだ宮地にびくりと体を震わせた黄瀬にも構わず、走れ、とその手を引いて元来た道を駆け出す。宮地と黄瀬二人分の足音の他に、離れたところから追いかけて来るようなもう一つの足音が聞こえるのも気付いていたが、そんなことには構っていられなかった。
とにかく、宮地の自宅まで走る。幸いなことに、宮地の自宅があるマンションは高セキュリティを誇っており、ちょっとやそっとのことじゃ部外者は侵入できない。今夜は、いつもは家にいるはずの宮地の両親と兄弟は出かけているから、突然息を切らした他校の生徒を連れ込んでも余計な詮索を受けずに済む。
エントランスをカードキーで抜けてエレベーターに乗り込めば、自宅のある階まではボタンを押すことも無く勝手に運んでくれる。到着を知らせるエレベーターから降りて玄関ドアを開け、しっかりと施錠しリビングへと入ってからようやく、宮地は今まで掴んでいた黄瀬の手を離した。
顔を青くして息を切らしている黄瀬のために、コップにお茶を入れて渡す。ソファに座れと促し、緑間にも簡単に連絡をしてから、宮地は黄瀬の隣に腰かけた。

「大丈夫か? 何かされたか?」

首を横に振って否定を示す黄瀬の白い頬を滑る汗に気付いて、宮地は眉を顰める。尋常じゃない汗だ。得体の知れない男に追いかけられていたのだから当たり前か。
汗を拭くタオルを洗面所に取りに行こうとした宮地の、シャツの裾が小さく引かれる。

「ご、めんなさ、っ。行か、な、で」

呼吸の整っていない声でそう言われて、宮地はソファに座りなおした。
そうだよな、怖かったよな。少しだけ迷いながら、着ていたパーカーの袖で黄瀬の汗を拭ってやる。反射で閉じられた瞼の縁を飾る長い睫毛が、照明に照らされて頬に影を落としていた。


ピンポーンと鳴ったインターフォンに怯える黄瀬を宥めて、宮地は訪問者の入室許可を出す。それから間もなくして玄関ドアが開き、緑間と高尾が顔を覗かせた。
リビングに二人を招き入れる。落ち着いた声で名前を呼んだ緑間に黄瀬が縋りつくのを見ながら、高尾は宮地に小声で話しかけた。

「いやー、マジ宮地さんがいてくれて良かったっす。でなきゃ今頃、黄瀬くんどうなってたか」

「あいつがストーカーされてるって知ってたのか?」

「知ってたっていうか、ストーカーに気付いたの俺なんすよ。警察に言っても、男だからか相手にしてもらえないし。だからできるだけ、真ちゃんたちと守ろうとはしてたんすけど」

ほんとによかった、と息を吐く高尾が安心しきっていることに違和感を覚えて、宮地は口を開く。今日は黄瀬を助けることが出来たが、犯人が捕まらない状態では問題は解決していない。

「お前ら、ここに来る途中でストーカー見なかったのか?」

「あぁ、見ましたよ、ばっちり。エントランスのとこに」

「はぁ!?」

驚きに目を見張る宮地に向かって、高尾はにやりと笑みを浮かべた。もう解決したようなもんすよ、といつも以上に口角の上がった笑顔はどこか恐ろしさを感じさせる。

「捕まえて散々脅した後、真ちゃんが赤司に連絡取って、赤司から連絡を受けたっていう警察の人たちが来て連行してくれたんで。赤司によると、当分日の目は見れないらしいっす」

赤司っていうのはキセキの世代の主将で、と笑いながらの高尾の説明に、宮地はとりあえず一つ息を吐いて安堵した。赤司がどうとかはよく分からないが、警察が来たのなら今日のところはもう安全だろう。黄瀬の方も落ち着いたのか、縋りついていた緑間から体を離している。
お世話になりました、と言う緑間の隣で、黄瀬もゆっくり頭を下げた。詳しい説明とお礼はまた今度、黄瀬の方からさせます。緑間たちはそう言って、帰って行く。エントランスまで見送りに出た宮地は、緑間と高尾に手を繋がれて歩いて行く黄瀬の姿が見えなくなるまでずっとそこに立っていた。



***



「助けてくれてありがとうございました」

頭を下げる黄瀬に、お前が怪我しなくてよかったよ、と声をかけてから、宮地は手元に置かれたアイスコーヒーに手をつけた。直接お礼をしたい、と黄瀬から連絡が来たのは、あれから一週間後だった。宮地の連絡先は高尾が教えていたらしい。お礼などいいと断るべきだったのかもしれないが、宮地にも気になることが多々あったのでその申し出を受けた。秀徳の近くにある落ち着いたカフェのテーブル席に、宮地と黄瀬は座っている。

「アオイのモデルは黄瀬なんだろ?」

「あ、はい。そうっス」

クリームがのせられたアイスココアをストローでぐるぐると混ぜながら、黄瀬はこれまでの経緯を口にした。中学時代のチームメイトたちとのお遊びが発展して、いつの間にやらネットアイドルにまでなっていた。黄瀬は顔をモデルとして貸しただけで、赤司や桃井などが色々加工して機械音声まで付け加えてデビュー当時の映像が出来上がったのだと、黄瀬は懐かしそうに目を細める。

「アオイのモデルとして顔を貸しただけで、俺は彼女にはほとんど関わってないんスよね、実際は。モデルにしても、色々加工されちゃったから原型残ってないと思うし」

だから黄瀬涼太がアオイだと気付く人間が現れるとは思わなかった、と黄瀬は語った。
緑間とたまたま街で会えて喜んでいたときに、緑間と一緒にいた高尾に黄瀬の後をつけている男がいると教えてもらわなければ、ストーカーになど気付いていなかったかもしれない。それをきっかけに高尾にも黄瀬がアオイのモデルだという事情を話して、何かと相談に乗ってもらっていたのだという。

「赤司っちとの話し合いで、アオイはもう活動しないことになりました。今月末で、引退ってわけっスね」

アオイがこれからも活動を続けていくならば、そのモデルとなった黄瀬には今回のような危険が付き纏うことになる。黄瀬のことを考えるのならば、そうするのが妥当だろう。アイスコーヒーにさされたストローを口に含みながら、宮地は小さく頷いた。

「宮地さんは、アオイのファンなんスよね。申し訳ないっス。アオイのモデルは男だし、騙してたみたいで」

ごめんなさい、と謝る黄瀬を遮って、宮地が言葉を紡ぐ。

「それで、助けた礼は何してくれんの?」

きょとん、と暖色の照明の下で濃いヘーゼルになった瞳が大きく瞬いた。少しだけ考えて脇に置いていた菓子折りを紙袋から取り出して宮地へと渡しながら、黄瀬は困ったように首を傾げる。

「えっと、俺に出来ることなら何でもしますけど」

あ、でも、怪我とかはちょっと、大会前だし、と何を思ったのか付け加える黄瀬に、宮地は携帯電話を放り投げた。慌ててそれを両手で受け取った黄瀬に、宮地は言う。

「お前の連絡先それに入れといて」

「え、はい……?」

「アオイのファンなんだよ、デビューしたときから。そのアイドルが引退してもう見れなくなるんだろ、寂しいと思わない方がおかしくないか?」

宮地の携帯電話を握り締めたまま、幾度もぱちぱちと瞬きをする黄瀬は幼い子供のようだった。アオイには無かった、動きのある表情を見ることが出来る。金色の長い睫毛に縁取られた綺麗な色の瞳が、ただ宮地だけを見つめている。言ってしまえば、これは、そう。

「一目惚れみたいなもんなんだよ」

人形のように整った顔が、笑う様を見てみたいとずっと思っていた。アオイは決して笑うことはないけれど、宮地の正面にいる黄瀬はころころと表情を変える。ありとあらゆる人に投げかけられる無機質な顔ではなく、限られた人だけが目にすることのできる美しさを、画面を通してではなく実際に見ることが出来る。特定の人だけに見せる表情を、見たいと思った。そのためには、親しくならなければならない。これは、黄瀬と仲良くなるための第一歩だ。

「学年も違うし、学校も違う。お前にとっては関わりにくいかもしれねぇけど。俺だけの黄瀬涼太が見たいんだ」

「…………は、い」

宮地の勢いに押されて、わけも分からずに黄瀬は頷いた。宮地も、言うはずのなかったことまで言ってしまったことに驚いて、誤魔化すようにアイスコーヒーを飲んでいる。
黄瀬と仲良くなって宮地だけに見せる表情が現れればいいという願望が、いつの間にか言葉になって飛び出してしまっていた。今更撤回するわけにもいかず、本心なのだから冗談だとも誤魔化せずに、宮地は眉間に皺を寄せてちらりと黄瀬を見る。

「あの、俺、面と向かってそんなこと言われたの初めてで、」

グラスにさされたストローを弄びながら、黄瀬は言った。ココアの上にのっていたクリームは既に液体の中に溶け込んでいる。俯く濃い色の瞳に睫毛が影を落とし、うっすらとその頬が朱に染まっていくのに気付いて、宮地もつられて顔を赤くした。

「仲良く、してください、宮地さん」

意を決したように顔を上げて、黄瀬ははにかむ。ふっくらと膨らんだ蕾がようやっと花弁を広げたような、可愛らしくも美しい表情だった。
宮地は言葉も無くして黄瀬を見つめている。あぁ、綺麗だ、とそう思っている。アオイがデビューを飾った時のような七色の光はないけれど、それでも十分に黄瀬の笑顔は宮地の目に焼き付いて離れなくなってしまった。


ぽつり、ぽつり、と振りだした雨が、カフェの軒先に咲いていた立葵を濡らしている。大きく背伸びをしたその花だけが、静かな店内で親しくなる第一歩を踏み出した宮地と黄瀬を優しく見つめていた。


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これまたマイナーな…。

2013.01.27.
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