※火神視点。

Honey Operation


かぷり、と音はしなかったが、突然に体を襲った柔らかい痛みには飛び上がらんばかりに驚いた。
風呂から上がり、下着と寝巻にしているスウェットのズボンだけを身に付けて、キッチンで牛乳を飲んでいる時のことだ。犯人の目星は付いている。何せ、俺以外にここにいるのは、ストバスをした後に部屋に招いた金色の髪を持つ男しかいない。
これで、黄瀬がリビングのソファに座ったままだってんなら、俺は気絶する自信がある。気のせいで終わらすにはあまりにもはっきりとした接触だったのだ。



目線を下に遣れば、フローリングに膝立ちをしている黄瀬の旋毛と長い襟足に隠された白いうなじが見える。

「何してんだ」

声をかければ、黄瀬が顔を上げた。今まで噛みついていた俺の腰から、口を離す。

「火神っちのここ、好き。美味しそう」

とろりと蜂蜜のように甘ったるい双眸を細めて、黄瀬はさっき噛みついた部分を白い指でなぞった。ぞわり、と背筋を震えが走る。
美味しそう、と黄瀬が言ったのは、骨盤の上方にある盛り上がった部分である。外腹斜筋やら何やらいう筋肉の腰の部分だ。俺が初めて黄瀬の前で上半身裸になったときに、黄瀬はここが好きだとわざわざ指差して教えてくれた。

「……食うなよ」

「大丈夫。味見するだけ」

薄い桜色の唇がぱかりと開いて、黄瀬は再び歯をたてた。甘噛みし、舌で感触を確かめるように肌を滑らして、ちゅう、と吸いつく。
よくない方向に思考がいくのを何とかしようと、僅かに上ずる声で問いかけた。

「……美味いか?」

失敗だった、とそう思う。
尋ねた俺の方に視線を向けた黄瀬は、当然のことながら上目づかいだ。光色の長い睫毛で覆われた大きめの瞳を汚いものなど何も知らない子供のように不思議そうに瞬かせて、唇を俺の腰から離す。そのときに覗いた舌の鮮やかな赤に、目を奪われた。

「火神っちの味がする」

言いながら唇を舐める黄瀬に、抵抗も空しく下腹部に一気に熱が集まってきたのを感じて額に手を当てる。どうしたの、と見上げてくる黄瀬の緩めに開いたシャツの首元から、綺麗な鎖骨が覗いていた。
いつもなら、お前は無防備すぎる、襲われるぞ、とか何とか冗談混じりに注意して自分の理性を保っていたのだけれど。今日はもうそれすらできそうになかった。
大体、友人と思ってるやつの体を舐めたりしない。俺が常識だと思ってることでも、どこか世間とずれたところのある黄瀬にはそうでないことも多い。
――どうせなら、身をもって教えてやる。

「お前が悪いんだからな」

そう言って、膝をついたままの黄瀬に目を合わせるように屈む。黄金色の髪に指を差し込み後頭部に手を添えて、白い皮膚に出っ張る喉仏に歯をたてた俺には、してやったりと言いたげにゆうるりと蜂蜜色の瞳を細めた黄瀬の表情は見えなかった。





2012.09.23.

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