※大学生。同棲してる雰囲気。

ゆるやかに堕落




「涼太」

微睡みの中にいた黄瀬は、ゆるやかに意識を浮上させる。
スプリングの効いたベッドの上、ふわふわの毛布とお日様の匂いのする枕の誘惑をも振り切って黄瀬が目を開けたのは、名を呼ぶ声が氷室のものだったからだ。
氷室にファーストネームで呼ばれると、自分の名前がとてつもなく甘くなってしまったように黄瀬は感じる。角砂糖を蜂蜜に浸けこんだみたいな、胸焼けしそうなほど甘いのに、何回も何十回も声に出して呼ばれてみたくなる。黄瀬の名前だけを、ずっと呼んでいて欲しい。
開いた蜂蜜色の瞳がそのまま蕩け出すようにまた閉じられようとするのを見て、氷室はもう一度黄瀬の名前を口にする。

「涼太」

「……氷室、さん」

枕に半分顔を埋めて片方の目だけで見上げて来る黄瀬の金色の髪を梳きながら、氷室は問いかけた。

「仕事はいいの?」

僅かに上下に揺れた頭を見て氷室は笑みを浮かべると、髪を梳いていた手をそのまま黄瀬の滑らかな頬へと移す。
薄い瞼を親指で撫でられると、黄瀬は猫のように添えられた掌へと頬を擦り寄せた。

「じゃあ、学校は?」

「……ん、だいじょー、ぶ」

未だ眠りの淵に捕らわれたままの黄瀬はそう呟いて、枕から顔を上げて綺麗な双眸をもって氷室を見つめる。
どうしたの、と細められるアッシュグレイの瞳は、どこまでも優しく柔らかい。

「氷室さんは、学校行かないの……?」

「うん、涼太といたいから」

そうやって微笑んで名前を呼んで、甘やかすから、と黄瀬は思った。糖度の高い空気の中に閉じ込められて、絡め取られて、抜け出せなくなってしまうのだ。
今までどれくらいの女の人が、氷室の甘い微笑みに甘い言葉に陥落したのだろう、といらぬことを考えてしまって、黄瀬は一人でムッとする。

「じゃあ、一緒に寝てくれるっスか……?」

袖を引けば、抵抗など一切なく氷室は黄瀬の隣へと横たわった。
再び髪の毛を梳かれて、黄瀬はその心地好さに瞼をおろす。
とびっきり甘く優しくされて、黄瀬は自分がどんどんダメになっていってることを自覚する。このままじゃ、黄瀬にとっても氷室にとってもいけないことは分かっているけれど。
黄瀬を覆う氷室の甘さはどろりとして窒息しそうなほどなのに、それが日常になってしまえば慣れるばかりかもっともっとと子供のように強請りたくなるのだ。



そうして二人は、ゆっくりと、おちる、落ちる、堕ちる、どこまでも。




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すごいマイナー。
お題お借りしました:hmr



2012.08.31.
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