※高尾視点

Fall in Love !!



『コマーシャルの後は、おは朝占いです』とテレビが告げたところで、ぱたぱたぱたと階段を駆け下りてくる足音が聞こえた。俺はコーンスープの最後の一口を飲み干すと、すぐにリビングへと現れるだろう妹と朝の挨拶を交わすために両手を広げて準備する。

「お兄ちゃんって、バスケ強い?」

広げた両手を無視されるのはいつものことなので気にしないが、その後に発された言葉はいつもと違うものであった。
小学校の最高学年になってちょっとおませさんになったと思ってたけど、何々?バスケに興味持っちゃったの?バスケするお兄ちゃんに憧れちゃったりするの?

「バスケ強いよ!お兄ちゃんよりバスケ強いヤツは、日本にはいないね!」

とんだ大言壮語になってしまった。だがしかし、ここで見栄を張りたくなる兄の気持ちも分かってもらいたい。

「お兄ちゃんすごい!じゃあ、涼太くん知ってるよね?」

何だその“涼太くん”ってのは。彼氏か?お前にはまだ早いと思うぞ、お兄ちゃんは!と心の中で呟きつつ、テーブルの上に雑誌を広げ始めた妹を見守ること数秒。

「これ、涼太くん!すっごくかっこいいんだよ!!」

小さな可愛らしい指で示されたページにいたのは、きらきらとした金髪が眩しいイケメンだった。『今年の夏は、オレで決まり!』という謎のキャッチフレーズと共に、黄瀬涼太がこちらに向かって微笑んでいる。

「涼太くんのサイン欲しいの。お兄ちゃん、お願いっ!」

そんな信頼しきった目で見つめられて、妹の頼みを断れるはずがなかった。
幸い、“涼太くん”の友人である真ちゃんとはチームメイトである。おしるこを何本か献上したら連絡先教えてくれるかな、と思いながら見つめた先、テレビの液晶画面がおは朝占いの始まりを告げた。





真ちゃんにはおしるこ2本ですんなり黄瀬くんの連絡先を教えてもらい、期末試験前で部活が休みなのをいいことに放課後になるとすぐに学校を飛び出した。
海常は既に試験期間は終えたらしく、サインをもらいたいという趣旨の俺のメールには、練習の合間でよかったらという顔文字付きのメールが返ってくる。真ちゃんは顔文字なんて全然使ってくれないから、こういうのマジ新鮮。
一度訪れたことのある海常高校には、チャリではなく電車を使ったこともあってかなり楽に辿り着いた。海を冠する名の通り青と水色の印象的な制服を着た生徒たちと擦れ違いながら、バスケ部が活動している体育館前で佇んでみる。
風が通るように扉の開け放された体育館の入り口からは、数人のバスケ部員らしき男子が見えるだけだ。人の少なさからいって、ちょうど休憩時間らしい。

「あ、高尾くん!!」

呼ばれた声に振り向けば、首にタオルをかけた黄瀬くんが体育館の裏側から駆けて来た。風にきらきらと金髪が靡いて、やはり彼はイケメンだと認識せざるを得ない。

「今、ちょうど休憩なんスよ」

「それなら、手間かけちゃうけどサインお願いしてもいい?」

「お安いご用っス」

「突然こんなこと頼んで悪かったわ。妹ちゃんが黄瀬くんにお熱でさぁ」

駅前で買ったばかりの色紙とペンを渡すと、黄瀬くんは慣れた手つきでさらさらと真ん中に大きくサインを書いていく。モデルという言葉から想像していたよりも、それは柔らかくてきっちりとした筆跡だった。
黄瀬くんの手元から、視線を上方へとスライドさせる。水を浴びてきたところだったのか、目に眩しい金色の髪は湿っている。その毛先に集まった水が一滴タオルに吸い込まれたのを見て、『リアル水も滴る良い男』と脳内で呟いてみた。

「はい、完成したっス」

隅っこには妹の名前が入り、『お兄ちゃんと仲良くね』なんていうメッセージも小さく添えられた色紙が、俺に返される。

「ありがとな、黄瀬くん。マジ感謝!!」

「どういたしまして〜。でも、サインだけでいっスか?」

「え?」

きょとんとした俺を見て、黄瀬くんは茶目っ気を出して笑った。雑誌に載ってた写真より幼くなった表情で、彼は口を開く。

「サインだけだと、高尾くんが書いたのかもって疑われちゃうかもしれないっしょ。だから、一緒に写真も撮ろっかなって」

なるほど、と感心している俺のことなど構わずに、黄瀬くんはその色白の手をこちらへと向けた。
だからケータイ出して、と言われるままにポケットからそれを取り出して、カメラどこっスか、という言葉にカメラモードへの操作の仕方も教える。

「じゃあ撮るっスよ〜!」

ケータイの小さな画面に入るためには距離を詰めないといけないわけで、俺の右肩に黄瀬くんの左腕がくっつく。身長差を埋めるように少し屈んだ彼の首筋が、横目に見えた。

「あ、汗臭いかもしれないっスけど、撮る間だけ我慢してね」

腕を伸ばしてケータイを構えた黄瀬くんの言葉に、それまで全然意識してなかった嗅覚が反応する。
すん、と反射的に嗅いでしまったにおいは、汗臭いとかそんなことなくて、どちらかというと良い匂いだ。ずっと嗅いでいたいような、そんな匂い。

(あ、れ?)

ぽたり、と未だ乾いていない黄瀬くんの髪から垂れた滴がシャツに落ちて肩を揺らした瞬間、間抜けな音を響かせてシャッター音が鳴った。

「はい、撮れたっスよ」

ぴたりとくっついていた俺から離れて、彼はケータイを差し出してくる。それを受け取りながらも、俺はどきどきしていた。俺から離れていったその体温が寂しい、なんて一瞬でも思った自分に動揺して目を閉じた。
瞼に浮かんだのは白すぎる首筋で、ついでにとばかりに香ったあの匂いも蘇って、頭を抱えたくなる。

(あれぇ??)

おかしい、何だこれは、何だこの胸の高鳴りは!!
そんな俺のことを不思議そうに覗き込んだ瞳が蜂蜜のように甘そうで、ああ舐めたいと思ってしまってまた戸惑うのだった。





『――さそり座のあなた、今日のラッキーアイテムは色紙!ひょんなことから恋に落ちちゃう可能性が高い一日になるでしょう。ちょっと遠出してみるのがポイントかも!』







2012.08.16.


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