Please touch me


森山の指の先まで整ったような繊細な手が、学食の地味なプラスチックの箸を華麗に操って焼き魚を一口大に分けては口に運んでいく様を、黄瀬は自分の手元にあるきつねうどんの存在など忘れたかのようにぼうっと見つめていた。いや、見惚れていたといった方が正しいだろう。
黄瀬は森山の箸の持ち方、使い方がとても好きだった。毎回毎回飽きもせずに森山の正面の席を陣取り、気付けば森山が食べ終わるまで見つめ続けている。瞬きするのが惜しいとでも言うように琥珀色の綺麗な双眸でじいっと見られれば普通の人間なら居心地悪く感じてしまいそうなものだが、そこは森山である。訝しげにしていたのは最初だけで、今はもう黄瀬のことなど気にした様子もなく自分の好きなものを好きなように食べていた。

「黄瀬、のびるぞ、うどん」

「はいっス」

焼き魚から黄瀬の手元へと視線を移した森山の言葉には返事がされるが、そのままうどんに手がつけられる様子は無い。いつもこうなのだ。森山が食べ終えるまで、黄瀬は自分の食事を始めない。何故のびると分かっていて麺類を頼むのか。自分の食事の様子を観察されるよりも、森山はそのことの方がよっぽど気になる。俺食べるの遅いから定食頼むと時間内に食べれないし、麺類でいいんス。猫舌だから食べやすくなるし。と言った黄瀬に、森山がその端麗な顔を顰めて理解しがたいと感想を述べたのはいつだったか。

(美しいなぁ)

黄瀬は思う。
大体のことに寛容であった黄瀬の母は、食事の作法にだけは厳しかった。一緒に食べている人を不快にさせないようにと躾けられた黄瀬の箸の持ち方は、お手本のように綺麗だ。その黄瀬が、森山の箸の扱いにだけおかしなくらい惹きつけられる。どこも、これといって特別なことはない持ち方だ。何でこんなに見ていたくなるんだろう、と黄瀬は首を傾げる。

「俺、森山先輩のお箸になりたい」

と思った言葉はそのまま口から飛び出してしまったようだった。慌てて両手で口を押さえる黄瀬を見ながら、森山は口元まで運んでいた箸を一旦皿の上に戻す。どうして?と優しく訊かれた言葉は、まるで母親が子供に尋ねるような甘さを含んでいた。

「お箸みたいに、触られたい」

突然自覚してしまった望みに、黄瀬は白雪のような顔を朱に染めていく。森山の節ばった長い指で、数え切れないほどシュートを打って固くなった指先で、頭のてっぺんから足の爪先までを撫でて触れて欲しいのだと黄瀬は思った。箸が羨ましかったのだ。

「変なやつ」

そう言うと、森山は正面にいる黄瀬を見据えた。黒曜石の双眸はそのまますうっと細められて、余裕のある大人びた笑みを形作る。

「触ってやるよ」

え、と訊き返す黄瀬に、仕方ないな、と笑みを深くして、森山は再び口を開いた。低めの心地よい声が、ゆるやかに黄瀬の耳に入り込む。

「黄瀬が触ってほしいところ、全て触ってあげよう」

お前の全部を俺にくれることが条件で、という言葉に、黄瀬は一も二もなく頷いていた。




2012.11.27.
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -