※笠松視点。

スウィートを一つ


「はい、先輩」

黄瀬の白くて長い指に挟まれたポッキーが差し出されている。飴色の瞳は俺が食べるのを期待してきらきらと輝いているように見えるが、残念ながら甘いものは苦手だ。いらねえ、と言えば、えー、と不満そうな声を上げて叱られた犬のように小さく肩を落とす。

「さっき手洗ったから、汚くないっスよ?」

「違ぇよ、甘いの苦手なんだ」

黄瀬は、俺の言葉にぱちり、と大きく瞬いた。

「じゃ、笠松先輩って、バレンタインも苦行にしかならないっスね」

女の子からもらえるの、定番はやっぱチョコとかクッキーとか甘いものが多いから、と黄瀬は小さく首を傾げながら俺に差し出していたポッキーを口に含む。薄くて形の良い唇が、チョコレートのついた先端をやんわりと挟み込んだ。見ることのできない口内では白くて並びの綺麗な歯がプレッツェルを折ったのだろう、パキッという音が僅かに聞こえてくる。
一口、二口と進むにつれて、黄瀬の飴色の双眸が幸せそうに細められる。図体はでかいくせに、食べる速度は平均以下だ。ちびちびと口の中に消えて行くポッキーが、やけにもどかしい。
俺にポッキーを差し出してくるくらいの距離だ、黄瀬との間は約歩幅二歩分。小さく一歩踏み出して緩めに締められていた学校指定のネクタイを引けば、黄瀬の顔が近付く。

「……っ!」

鼻先が触れ合う距離で大きく見開かれる瞳を見ながら、チョコレートのかかっていない部分に歯をたてる。ポッキーの折れる音と同時に俺の唇も閉じて、微かに柔らかく黄瀬のそれを掠めた感触。
ああ、さすがにモデルなんだな。乾燥し始めたこの時期でも、荒れてかさついたりなどしていない。なんて考えているうちに、黄瀬の顔は面白いくらいに真っ赤になっていた。飴色の目はさらに水飴でコーティングされたみたいに光を反射していて、何するんスか、って蚊の鳴くような声で呟く。

「お前が食べてんの見たら俺も食べたくなったんだよ。チョコかかってないとこがよかったし」

「うぅ、」

小さく唸りながら両手で茹でダコのようになった顔を覆う黄瀬を見遣って、そういえば、と思う。チョコレートがかかっていない部分にしては、やけに甘かったな、と。
それは目の前の、可愛くて仕方ない後輩の唇に触れたからだろうか。




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ポッキーの日!

2012.11.11.

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