※パラレル。年齢操作。
森山視点。


高校の卒業式は終わり、志望大学にも無事合格し、入学するまではだらだらとした生活を送れると思っていた俺の考えは、早々に打ち崩された。あんたちょっと店番してて、と祖父の代から経営している花屋の手伝いをおふくろに任される。不満気な俺に、最近美人なOLさんが常連になったのよ、という魅力的な言葉を残して、おふくろは買い物へと出かけて行った。美人が来るなら店番くらいしてやってもいいかな。まんまとおふくろの策に嵌りながら、広くはない店内をぶらぶらと歩き回る。
一年中色とりどりの花が並ぶこの店を、俺はけっこう気に入っていた。小さい頃からこの環境にいるからだろうが、色々な種類の花の匂いが混ざった甘ったるい空気を胸一杯に吸い込むと、心が落ち着くような気がするのだ。
すん、と目を閉じて小さく空気を吸い込んでいた俺の耳に、いきなり嗚咽混じりの子供の声が飛び込んで来る。

「おはな、くだしゃい!」

店の入り口に、蒲公英みたいな色をした髪の小さな子供が立っていた。五歳くらいだろうか。その大きな目からはぼろぼろと大粒の涙を流し小さな鼻からも鼻水を垂らしながら、ピンクの豚の貯金箱を大切そうに胸に抱え込んでいる。

「えっと、どんなお花が欲しいのかな?」

エプロンのポケットに入っていたティッシュで鼻水や涙を拭ってやりながら尋ねる。睫毛も髪と同じ金色で、瞳は蜂蜜色だ。涙の水分のおかげできらきら光って、今にも蕩け出しそうに見える。この年でこれなら将来はさぞ美人さんになるだろうな。十年後くらいにまた来てくれないかな、という考えに行き着いてしまうのは一種の癖のようなものだ。

「まいちゃんに、おはなあげるんす」

「まいちゃん?」

「まいちゃん、ひっこしちゃうの。おれ、まいちゃんのことすきだから、おはなあげるの」

桜色の可愛らしい唇から漏れた“おれ”という単語に落胆している場合ではない。お前、男なのか、という溜息は思いっきり飲み込んでから、彼の要望に応えようと店内を見渡す。
まぁ、迷うまでもなかった。男が好きな人に渡す花といったらこれしかないだろう。
小ぶりの薔薇を一本取り出して、手早く丁寧にラッピングする。子供の髪色のような黄色いリボンで根元を結べば、小さくも可愛らしい一輪包みの完成だ。

「お待たせしました」

そう言って差し出せば、子供は胸に抱えていた貯金箱を足元に置いて小さな両手で花を受け取った。蜂蜜色の双眸に真っ赤な薔薇がゆらゆらと映り込む。

「……きれい」

「だろ?ちなみに、赤い薔薇の花言葉は“愛情”だ。まいちゃんに渡すときは、泣いちゃダメだぞ、少年」

あいじょう、と小さく呟いて、子供は力強く頷いた。





ここまでが、そう、もう十三年も前の話になる。




La Vie en rose




「由孝さんって結婚しないんスか?」

皿に載ったシフォンケーキをフォークで大きめに切り分けながら、涼太は俺に問いかけた。
――黄瀬涼太。こいつが、あのときずびずびと泣いていた子供だ。女の子に間違えられるわけはないほど身長は伸びたというのに、その整った顔は成長によって崩れることもなく、モデルをバイトにできるほどのイケメンへと育っていた。
あの件以来妙に懐かれ、俺と涼太の家が意外にご近所だったこともあり、何だかんだと十三年ほどの付き合いになる。その間にこの小さな花屋は、おふくろの趣味で簡単な手づくりケーキと紅茶を出す喫茶スペースを設け、店の経営はほぼ俺一人に任されていた。
頻繁に顔を出す涼太は、喫茶スペースでお茶をすることが日課のようになっている。

「俺はまだ31歳だぞ。そんなに結婚を急ぐ年齢でもないだろう」

「そんな余裕こいてると、すぐにおじいちゃんになるっスよ」

あ、このキャラメルシフォンケーキ美味しい、と頬を緩める涼太を睨んだ。こいつは少しばかり生意気に成長してしまったに違いない。

「そう言うなら、お前が女の子紹介してくれよ。花屋は結構、出会いが少ないんだ」

予約注文を受けていた花束のラッピングを終え、涼太の前の席にどさっと腰を下ろす。後はお客様が花束を引き取りに来るまで、暇な時間だ。涼太の相手でもしてやろうじゃないか。

「高校生に女の子の紹介頼むって何スか、ロリコンかよ」

「ロリコンってな……。高校生じゃなくても、いるだろ、仕事先の。メイクさんとかスタイリストさんとか、モデルでもいいが」

俺の言葉に、涼太はどこか不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。顔が整っているものだから妙な迫力はあるが、十三年間の涼太を知っている俺にとっての効果は無いに等しい。
皿の上に置かれていたフォークを奪って、切り分けられていたシフォンケーキを口に運ぶ。飲みかけの紅茶を少し頂戴しても、涼太は文句も言わず微動だにしない。

「……涼太?」

「メイクさんとかスタイリストさんとかけっこう強かだし、モデルの子なんて世間とちょっとずれたとこあるし、由孝さんには似合わないっスよ」

「え?」

仕事の関係者をそう簡単に紹介してくれるはずはないと冗談半分で口にした言葉を、涼太は意外にも本気で受け取ったらしい。眉間に深い皺を寄せたまま、涼太は残っていたシフォンケーキをこれも残っていた紅茶で流し込んで立ち上がった。

「白い薔薇の花束作って下さいっス、告白するんでむちゃくちゃ印象に残るやつ!明日取りに来るっスから。お金はこれで」

軽く音がしそうなほどの勢いで白い封筒をテーブルに置くと涼太はそのまま店を飛び出して行き、狭い店内には俺だけが残される。

「……それにしても、唐突だな」

薔薇の花束ねぇ、と涼太と出会ったときのことを思い出す。きれい、と呟いた涼太の記憶には、好きな人に渡すのなら薔薇だという印象が強く残っているのだろうか。
誰に告白するのかは知らないが、上手くいけばいいなという気持ちに隠れて、少しだけ寂しいな、と思ってしまう。恋人が出来てしまえば、向日葵のように明るい少年がこの店にやって来る回数は減ってしまうに違いない。

「これが、子離れというやつか」






悩みに悩んで、大輪の白い薔薇が十本ほどの花束を拵えた。涼太が置いて行った封筒には、それこそ百本でも二百本の花束でも作れそうなお金が入ってはいたが、プロポーズならまだしも告白の場面で渡すには質量的にも気持ち的にも重すぎやしないかと考えたのだ。薄い水色の包装紙に細身の金色のリボンを結んでラッピングを控えめにしたのは、主役の薔薇が目立つように。
自分でも満足のいくような出来栄えのそれを、気合いを入れた格好をして訪れた涼太に渡した。告白頑張れよ、とエールを送る俺に、涼太はそのまま花束を付き返す。
え、なに、もしかして気に入らなかった?と頭が真っ白になる俺に向かって、花束を差し出したまま涼太は言った。

「好きです!」

「は、……え?」

「俺、由孝さんのことずっと好きでした!」

こちらを見つめる蜂蜜色の双眸は興奮しているのかいつかのようにうるうると潤んでいて、長めの金髪から僅かに覗く耳は真っ赤だ。現状を理解して、そして涼太につられて、俺の頬も徐々に熱くなる。

「由孝さんなら分かるっスよね、この、白い薔薇の花言葉」

ぐすっ、と鼻を啜りながら言う涼太の頭を乱暴に撫でた。セットされていた髪は無残にもぐしゃぐしゃになってしまったが、彼にそれを気にする余裕はないらしい。
“私はあなたにふさわしい”なんてどれだけ自意識過剰だとイラっとするところだけども。涙を浮かべて赤面する様子と、ふわりと香る花とはまた違う匂いに、俺は少しばかり絆されてしまったのかもしれなかった。





2012.11.05.
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