※笠松視点。

La Belle au bois dormant


十月に入るとすぐ、ここ海常高校では文化祭が行われる。部活動が盛んであるだけにクラスでの催しよりも部活での出し物の方に重きを置かれる文化祭は、主に一年二年が切り盛りし、三年生に仕事が回ってくることはほとんど無い。
天気にも恵まれ、秋晴れの爽やかな中たくさんの一般客を迎えて賑々しかった文化祭も、そろそろ終わろうとしている。出し物の片づけがあちこちで行われている中、俺はバスケ部の出し物スペースとなっていた三階の教室に顔を出した。
カフェ風の配置と装飾がなされた教室には、探し人であるお日様のように明るい髪の持ち主はいない。レギュラーでのミーティングがあるため、黄瀬以外は皆部室に集まっている。

「黄瀬がどこ行ったか知らないか?」

「黄瀬ですか?あいつ昼からシフト入ってて、休憩時間にフラっと出て行ったのは見たんすけど」

後片付けの様子見も兼ねて黄瀬を探しに来たのだと告げると、近くにいた二年生が首を捻った。午後から二時間ほど接客を担当し圧倒的な数の女性客を呼び寄せた後、休憩をとるために店を出て行ったらしい。

「あ、俺見ましたよ、黄瀬が部室棟の方に歩いて行くの」

「部室棟?行き違いになったか?」

話を聞いていた一年生に教えられ、来た道を引き返す。早足になりながら階段を下り、教室棟から出て、部室棟へと向かった。
部室棟に近付くにつれ、甘い匂いが強くなる。屋外に出されていた模擬店の料理の匂いが薄れてきているのだろう。黄瀬を探すために部室棟を出て来たときには気づかなかった、金木犀の香りだ。部室棟と平行に三列ずつ等間隔に植えられている金木犀は、星型の可愛らしい橙色の花を無数につけている。

「……黄瀬?」

地面の柔らかな芝の上にも橙色の絨毯のように金木犀の花は落ちていて、それに埋もれるように黄瀬が横たわっていた。ゆっくり近付くと、小さく寝息が聞こえてくる。黄瀬の顔も体も、金木犀の花まみれだ。
起きろ、と怒鳴ろうとした言葉を飲み込んだのは、伏せられた長い睫毛の下に隈が出来ているのを見つけたからだった。静かに腰を下ろし、白い肌に似つかわしくない濃い隈に手を伸ばす。今日は朝早くからモデルの仕事が入っていて、だから黄瀬の模擬店に入る時間は午後からになっていたのだと、さっき後輩が話してくれた。昨日もいつも通り部活がありその後も自主練をしていたから、十分な睡眠が取れなかったのだろう。隈を親指でなぞると、僅かに睫毛が震えた。

「綺麗な顔だな……」

触れた肌は白く滑らかでニキビ一つなく、長い睫毛に通った鼻筋、薄い唇は荒れた様子もない。ここまで整っていると精巧に作られた人形のようだ。普段は何かと五月蠅く騒いでいるものだから、大人しく寝息をたてているだけの今は余計に作りものめいて見える。
顔の上に載っている小さな花を摘み、柔らかに金色の光を反射する髪の毛に絡まった橙色の星屑も取り払ってやって、黄瀬の名前を呼んだ。

「黄瀬」

「……ん、」

小さく眉を寄せる黄瀬の瞼と頬に指を滑らしてから、再び口を開く。

「黄瀬」

「う、ぁ、笠松先輩……?」

光色の睫毛の合間から、蕩けそうな蜂蜜色の瞳が覗いた。ゆっくり瞬きを繰り返した後、うわ、俺寝てたっスか、と慌てて飛び起きる。
上半身を起こした拍子に体に載っていた金木犀の花が、ぽろぽろと地面に落ちた。

「ミーティングですよね、スマセンっ!」

拝むように両手を合わせて謝ってくる姿には、さっきの人形らしさの欠片は無い。眉を下げ、寝起きの為かたっぷりと水気を含んだ蜂蜜色は今にも蕩け出しそうにこちらを見つめている。何も言わない俺が起こっていると思ったのかしきりに謝り倒す黄瀬は、どこからどう見てもいつもの五月蠅くて可愛い後輩だった。

「お前に眠り姫は似合わねぇよ」

「へ?」

何スか、それ、と首を傾げる黄瀬を立たせて、部室へと歩き出す。
今日は部活もない。ミーティングは慣れ親しんだレギュラー陣とのものなので、要旨をまとめて話せばすぐに終わるだろう。明日からまた厳しくしごいてやる。だから今日はゆっくり休めよ、と告げた俺を見て、橙色の花と甘い香りをまとった黄瀬は数回瞬いた後にへにゃりと笑った。



2012.10.07.


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