※笠松視点。 |
母親以外は全て男という家族構成の中に生まれた俺は、物心ついたときから女の子が苦手だった。兄弟にするように接すれば泣かれるし、どうすればいいのか扱いに困る、という幼いころの苦手意識を引きずったまま成長し、今に至っている。 女子と交わす会話はプリントの受け渡しのときに生じるような事務的なものばかりで、雑談をした記憶もない。同性との会話は何も気兼ねすることなく楽だったから、余計に女子と話すことを億劫だと感じるようになっていた。 もちろん、身体も心も若いからAV を見たりはする。柔らかで豊かな胸にも興味はある。ただ、画面の向こう側で交わされる行為を自分が経験するとなると、また違う問題なわけで。 何が言いたいかというと、先日18 歳の誕生日を迎えたというのに俺は未だ恋というものをしたことがないのである。 不可解だらけの初恋 最近、身体の中のどこかがおかしい。胸の奥の方に、何かが蟠っているようなそんなもやもやとした気分で毎日を過ごしている。 ただ一つ、この奇妙な症状が和らぐときがある。部活の時間、それも決まって明るい金色が視界に入っているときに限って、だ。 この問題は海常高校男子バスケットボール部に関するものなのか。エースが確実に力をつけていることに喜んでいるのだろうか。そんなに悪くは無いと自負できる頭で考えてみても、しっくりくる答えは得られない。 どうしたものか、と二週間ほどぐるぐると考えていたことが口をついて飛び出したのは、夏の西日が徐々に力を失って街中が一面の茜色に染まる時刻だった。 体育館の整備があるとかでいつもよりも早く部活を終わらせ、たまたま帰るタイミングが重なった黄瀬と並んで歩いているときだ。症状を緩和する存在が隣にいるのだから、本人に何か些細なことでもいいから気付くことはないか尋ねてみればいいのだ。 「お前を見ると、すっげえ楽になんだけど」 「え?」 きょとん、とした顔で幼子のように首を傾げる黄瀬の歩調が遅くなった。今までと同じ速さで歩く俺の僅かに斜め後ろから、どういうことっスか、という言葉が返ってくる。 「体育館の照明に反射して光る金髪とか、白い肌を滑る汗とか、俺たちに向かって蜂蜜色の綺麗な目細めて無邪気に笑った顔とか、見ると安心する。……楽っていうか、どきどきしてんな、たぶん。これ、どうしてだ?」 胸のもやもやが治まるのと引き換えに、動悸がするんだ、と。 そこまで一気に喋って後ろを振り返れば、黄瀬は驚いたように目を見開いていた。ぱちり、と音がしそうなほどゆっくりと大きく瞬いて、彼はその薄い唇を動かす。 「笠松先輩」 俺のシャツの裾を小さく引っ張って、黄瀬はどこか甘さを含んだ声で名を呼んだ。 「……それは、恋っスよ」 とても綺麗に笑って紡がれた言葉に、俺は息を呑む。と同時に、すとんと納得したのだった。そうか、これが恋なのかって。告白したも同然のようなことを俺は黄瀬に言ってしまったわけだ。 「初恋、だな」 夕焼けのせいにしてはやけに赤い顔をした後輩を見て口走ってしまったところ、盛大に笑われる。腹を抱えて目に涙を浮かべながら、黄瀬は苦しそうにこう言った。 「そこは、『黄瀬のことが好きだ』って言い直すとこっスよ。初恋って可愛いっスね」 可愛いのはお前だろう、と赤銅色に染まった髪を撫でれば、目尻に溜まった涙を拭って黄瀬はゆるりと微笑んだ。嬉しい、と形の良い唇が動く。 想いを寄せる相手に教えてもらった恋は、こうして本当の始まりを迎えた。きっとこれからも、分からないことばかりの初恋になるだろう。そのたびに、可愛くて綺麗な恋人は色々と教えてくれるに違いない。 分からないというのも悪くないな、と小さく呟いた声は隣の黄瀬には届かず、徐々に藍に塗り替えられていく空気の中へと呑みこまれていった。 - - - - - - - - - - 黄瀬受け企画:無辜 提出 2012.09.05. |