気を利かせた赤司くん


「やぁ、真太郎」

緑間の通う医学部があるキャンパス内のカフェにて優雅に紅茶を飲んでいた赤司は手を軽く振り、近付いてきた幼馴染に声をかける。麗らかな春の日差しは徐々に弱まり始めていて、テラス席は少しだけ肌寒かった。

「勉強中だったか。呼び出してすまない。暇だったんだ」

「……別に構わないが。お前が、一人でここに来るのは珍しいな」

涼太はどうした、と言いたげな深緑の双眸を見つめて、赤司はくすりと笑う。オーダーを取りに来た店員にコーヒーを頼んで、緑間は訝しげな顔をした。

「娘が嫁にいくというのは、こんな気持ちなのかな」

「は?」

「自分じゃない男に溺愛してきた娘を渡さなければならないことが、こんなに辛いとは思わなかったよ」

深く息を吐いて目頭を押さえる赤司を見、それから涼太がここにいないことを思い返し、緑間はようやく合点がいった。涼太の恋は実ったのか。幼馴染の幸せそうな顔を想像して、緑間の頬が緩む。

「これで、涼太の泣き顔を見なくて済むのなら良かったのだよ」

「分かっていないな、真太郎は。涼太は泣いている顔が可愛いんじゃないか」

「そう言って、わざとミミズを見せて泣かせ、征くん大嫌いと言われてへこんでいたやつがいたような気がするが」

「……あぁ、あれはとても辛かった」

幼稚園に通っていたときのことだったか。遠い目をした赤司がカップに残っていた紅茶を飲み干し、緑間が運ばれてきたコーヒーに口をつけた。
赤司は先程のことを思い出す。慰め半分、早くテツヤのことなど忘れてしまえという気持ち半分で、涼太の瞼にキスをする前のことを。ちらりと視線を遣った窓の外には、いかにも急いで走ってきましたと言わんばかりのテツヤの姿があって、涼太の間近にいる赤司を見る目には激しい色が浮かんでいた。赤司はずっと前から気付いていたのだ、テツヤが涼太を好きなことに。涼太に懐かれている赤司に、テツヤが嫉妬を覚えていることも知っていた。緑間とテツヤが会う機会が少なかった分、嫉妬心は主に赤司に向いていたのだろう。そんなに親しくもない男にあんな射殺さんばかりの目で見られるなんて、なかなかあるものじゃない。良い経験をした。

「子離れしなくてはならないのだよ」

「そうだな」

店に戻ればきっと、涼太が幸せそうな顔で良い知らせを伝えてくれるだろう。テラス席に座る緑間と赤司の間を、柔らかな春の風が吹き抜けていった。






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