※捏造ごちゃまぜ。年齢操作。パラレル。

二条の君に恋ひしかば



まるたけえびすに、おしおいけ、あねさんろっかく、たこにしき、しあやぶったかまつまんごじょう、

どこか甘く心地好い声の手鞠歌を初めて耳にしたのは、修学旅行で訪れた古都の狭く細い道を通り過ぎたときだった。グループ行動中であったが赤司以外には聞こえていなかったらしい。最後尾を歩いていた赤司だけが足を止め、歌が聞こえてきた道へと数歩引き返す。

せったちゃらちゃら、うおのたな、ろくじょうさんてつ、とおりすぎ、

向日葵のような明るい髪色をした男が、手鞠をついていた。とんとん、と白い手につかれて、緋色の鞠は小気味よく跳ねる。秋も暮れの、それも盆地であるというのに、男は薄着だった。見ている赤司の方が寒気を覚えてしまう。
肩を震わせた赤司に気付いたのか、男と目が合った。髪色と同じく瞳の色も明るい。中学生の赤司でもハッと息を呑むほどの美しい男だ。手鞠をつくのを止めることなく、男は赤司に向かって微笑んでみせた。薄い桜色をした唇が歌う。

ひっちょうこえれば、はっくじょう、じゅうじょうとうじで、とどめさす

ぽん、と手鞠が高く跳ねた。
甘い甘い声が、赤司の耳にこびりついている。





眉目秀麗、文武両道。天から二物も三物も与えられている、と幼い頃から言われてきた赤司の初めての恋は、一目惚れである。十三の年の秋、異郷の地で目にした美しい男に目だけでなく心も奪われた。
耳に残る手鞠歌を忘れないようにと清水の舞台でもぼそぼそと聞き慣れない歌を口ずさんでいた赤司は、ホテルに戻るとすぐにパソコンを借りて調べる。京の東西の通りを歌う手鞠歌だと知り、その日のうちに歌だけでなく通りの名まで覚えてしまった。もう一度あの美しい人に会いたいと思ったのだが、翌日には東京へ帰ることになっており、それは叶わなかった。
高校の修学旅行は海外であったため、赤司が再び京の都へと訪れたのは十八の春のことである。桜の蕾がぷっくりと膨らみ始める時期の京都は寒さの中にも春の匂いを感じさせ、これから四年間を過ごすことになる赤司を歓迎しているようだ。
向日葵色の美しい男に片恋をしたまま四年が過ぎたときに、赤司はとうとう痺れを切らし、進路希望を慣れ親しんだ東京にある大学から急遽京都の大学へと変更した。両親も担任も上手く言い包め、危なげなく大学にも合格した赤司は、こうして京都での生活を始めたのである。





赤司が通う大学には、『二条の君』という都市伝説があった。二条通りを歩いているときにふと小路に目を向けると、金髪の長身男性が手鞠で遊んでいる。俯いたまま手鞠をついているため顔は見えず、また近付こうとすると姿が消えてしまうため、一般人がその顔を見れば目が焼けてしまうほどの高貴な身分の人ではないかと、冗談が九割九分を占める憶測により、恭しく『二条の君』と呼ばれているのだという。
赤司はその都市伝説を初めて耳にしたとき驚いた。『二条の君』とは、明らかに、赤司が一目惚れして未だに想い続けている男のことなのだ。そして、同時に優越感も得た。目が溶けてしまうのではないかと思うほど美しい顔を見たのは、赤司しかいないらしい。都市伝説を教えてくれた同級生の前で無闇に喜ぶわけにもいかず、だらしなく緩みそうになる頬を赤司は必死で抑えていた。






「二条の君」

手鞠歌が終わるのを待って声をかけた赤司の方を振り向いて、『二条の君』こと黄瀬は眉を顰めた。とん、と跳ねさせ後ろ手でとった手鞠を持ち直し、腹の前で抱える。

「何スか、それ」

「涼太のことらしいよ」

「……そんな名前で呼ばれる覚えはないっス」

つん、と唇を尖らせる黄瀬を見て、赤司は満足げに微笑んだ。この顔を見ることができるのは自分だけなのだ、という喜びが再び沸き起こる。





京都に到着したその日に、赤司は片恋の相手を探してそうして見つけ出すことに成功した。自分の名を名乗り、美しい男の名前だけでなく、手鞠で遊んでいる事情まで聞き出している。
幽霊かもしれない、とはっきりしない口ぶりで黄瀬は言った。二条通りで事故に遭ったことまでは覚えてるんスけどねぇ。たぶん死んだんじゃないかな。他人事のように口にした黄瀬は、顔を強張らせた赤司を見て困ったように笑った。死んだのに、成仏しなかったのか。赤司の眉間に寄った皺を触れはしないのに指先でつつこうとしながら、黄瀬は優しく言葉を紡ぐ。土地神さまに気に入られたみたいで。成仏したらどうなっちゃうのか分かんなくて怖いし。それならここにいていいよ、って土地神さまが言ってくれたんスよ。



赤司は黄瀬を名前で呼ぶのに対し、黄瀬は赤司の名を呼ぶことはない。死んでいる者が生きている者に関わると影響する、と思っているからだ。そんな黄瀬に、赤司は一つ提案した。百日欠かさず黄瀬の元へと通えたら、名前を呼んでくれないか。
良い返事などもらえるわけもなかったが、それから赤司は毎日黄瀬に会いに行っている。百夜通いだ、と半ば本気で言った赤司に、黄瀬は呆れた顔をしてみせた。話の結末、知らないんスか。深草少将は最後の晩に死んじゃうんスよ。赤司はゆっくりと両方の目を細めて答えた。僕は最後の最後で死ぬようなへまはしない。それに、百夜通いの小野小町は深草少将を鬱陶しく思っていたようだが、涼太は違うだろう。僕が来ると嬉しそうにする。その言葉に、黄瀬はみるみる頬を朱に染めて逃げるように姿を消した。






「大学で、涼太のことが都市伝説になってるんだよ。二条の君、と呼ばれてた」

「へぇ」

あからさまに興味がないという相槌を打つ黄瀬を見て、赤司は笑う。とん、とん、と黄瀬の白く綺麗な手につかれて、緋色の鞠が跳ねている。

「二条の君は、一般人に顔を見せることはないらしいが」

「ふぅん」

「涼太はどうして、僕には顔を見せてくれるのかな」

てん、てん、てん、と手鞠が転がっていく。毎日毎日鞠で遊んでいる黄瀬がタイミングを誤って空振りをしたのだから、動揺しているのだということが分かる。鞠を拾おうと屈む黄瀬の顔は髪に隠れて見えないが、髪の間から覗いた形の良い耳は赤くなっていた。

「涼太」

手鞠をぎゅっと抱え込んだ黄瀬は赤司を見て、誤魔化せそうにないと悟ったらしい。小さく小さく、消え入りそうな声で黄瀬は言う。

「すごく綺麗な子が見てるなぁ、って思ったんスよ。この手鞠みたいに明るい色を持ってた。一番好きな夕焼け空の色にも似てたし、事故に遭った時に俺の体から出てた血の色にも見えた。気付いたら目が合っちゃってて、やばいと思ったんスよねぇ」

緋色の鞠に視線を落としたまま、黄瀬は苦笑した。うっすら汗をかくほど暖かな春の日差しの中、心地好い風が吹いて赤司の髪を揺らすが、向日葵のような黄瀬の髪が揺れることは無い。

「修学旅行生だから大丈夫かな、と考えたけど、甘かった」

困ったなぁ、と呟いて、黄瀬は赤司を見る。赤司の好きな、その美しい顔に、どうしたらいのか分からないような少しだけ寂しそうな色を浮かべて、とん、とん、と手鞠をつく。まるたけえびすに、おしおいけ、と薄い唇が歌い始めたら、それは今日はもうお帰りなさい、という合図だった。





赤司が黄瀬の元へ訪れるのは、早朝が多くなっていた。昼間は初夏を思わせるほどの気温になるが、まだ朝は肌寒くもある。日が昇るか昇るまいか、という時間に現れる赤司に向かって、黄瀬は呆れたような嬉しそうな複雑な表情を浮かべる。

「これで、五十日目だ」

「……早く諦めた方がいいんじゃないスか。時間の無駄スよ」

目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。諦めろ、と口では言うくせに、諦めないで、と蜂蜜色の瞳が訴えかけている。諦めるものか、と赤司は思う。その甘く耳に残る声で赤司征十郎と呼ばせることが、まず黄瀬を手に入れる第一歩であり、四年も前からの赤司の望みでもあった。

「涼太」

ゆっくりと近付く赤司から、黄瀬は離れることもなければ距離を縮めることもしない。その場から動かず、ただ赤司を見つめているだけだ。
涼太、ともう一度口にして、黄瀬の正面へとやって来た赤司が身長差を埋めるように背伸びをした。諦めたように蜂蜜色の瞳が閉じられたことを見届けてから、赤司も目を閉じる。
朝の静謐な空気の中、二人は触れ合うことのない口づけを交わした。






「九十九日」

丑三つ時に現れた赤司に、黄瀬は柔らかく微笑んだ。早いもんスねぇ、と呟いて、手鞠をつくのを止める。

「明日で最後だ」

「うん」

「僕は、深草少将みたいになるつもりはない」

赤司は言い切った。この恋は最初で最後だと赤司はそう思っているから、黄瀬を手に入れないわけにはいかない。百日通いつめてようやく、黄瀬に手を伸ばすことができるのだ。

「……待ってる」

蕩けそうな甘い声の言葉が、赤司の元へと返ってきた。





記念すべき百日目は何時頃に行こうかと頭を悩ませ、そして昨日と同じく深夜に行くことに決めた。休日で良かった、と赤司は思う。これで授業がある日だったならば、黄瀬に名前を呼ばれた嬉しさで終始顔が緩みっぱなしだろう、と想像できたからだ。
一人暮らしをしているマンションを出て、いつものように黄瀬の元へと向かう。近付けば近付くほど歩みが速くなるのは仕方のないことだ。

まるたけえびすに、おしおいけ、あねさんろっかく、たこにしき、しあやぶったかまつまんごじょう、

手鞠歌が微かに聞こえてくる。いつ聞いても甘い声が、今日は赤司の名を呼ぶのだと思うと、少しばかり鼓動が速くなった気がした。

せったちゃらちゃら、うおのたな、ろくじょうさんてつ、とおりすぎ、

手鞠をつく黄瀬の姿が見えて、駆け足になる。視線を感じたのか黄瀬が赤司の方を向いて、そして笑ったように思えた。

ひっちょうこえれば、はっくじょう、じゅうじょうとうじで、とどめさす

手鞠を両手に収めた黄瀬が駆け出すのに気を取られていた赤司は、スピードを出した自動車が近付いているのに気付くのが遅れた。眩しく光るヘッドライトに照らされてようやく、危険が迫っていることを知る。これは逃げることはできないな、と赤司はそう思った。あんなに言ったにも関わらず、深草少将の二の舞だ、かっこ悪い、と考えたところで、大きなブレーキ音が聞こえ、ドンッという衝撃を感じる。赤司は目を閉じた。

「いっ、たあ」

すぐに聞こえた黄瀬の声に、一瞬だけ閉じた目を開く。夜に染まる向日葵色がそこにはあった。

「飛び出すとか、ほんと、馬鹿じゃないんスか!?」

「……涼太?」

「怪我、はしてないみたい。大丈夫?どっか痛いとこない?」

体に感じた衝撃は、黄瀬が赤司を突き飛ばしたものらしい。素早く去って行く車の音が聞こえた。
ペタペタと赤司の体を触り始める黄瀬の腕を、赤司は掴む。ぎゅっと力を入れると、びくっと黄瀬の体が震えるのが分かった。

「涼太、」

「え、ちょ、待って。何で、あんた、俺に触れて……?」

どうして、おれ、幽霊なのに、と慌てる黄瀬を、上半身を起こした赤司が抱きしめる。少しばかりの身長差が影響して、はたから見ると抱きついたような形になっていることが想像できるが、今はそれも些細なことだ。黄瀬に触れることができる。黄瀬のところへ通う前に、毎度、土地神の元へと参っていたのが功を奏したらしい。百回通うことが出来たなら、どうか黄瀬に人と同じ体を与えて欲しい、と赤司はそう願っていたのだ。
なんで、どうして、とわたわたする黄瀬に、説明は後でするから、と赤司は正面にある滑らかな頬へと手を添える。涼太、ともう一度名を呼んで、赤司はその唇へと親指を滑らした。

「これで、百日目だ」

名前を呼んで欲しい、と赤司は黄瀬に乞う。一瞬だけ、黄瀬が息を止めたのが分かった。そうして、赤司の指が触れたままの柔らかい唇がゆっくりと動く。

「赤司、征十郎」

想像以上に甘い響きだった。耳に入り込んだそばから全てを溶かしていってしまいそうな甘さだった。己の名がこんなにも甘く聞こえるものなのか、と、赤司は一つ息を吐く。

「好きだ、涼太」

赤司の色の違う両目が細められたのが分かって、黄瀬も黄金の睫毛を震わせながらゆっくりと瞼を下ろす。黄瀬の唇に触れていた赤司の指は離れて、その代わりに柔らかなものが触れた。何度も何度も確かめるように触れるだけの口づけを繰り返す。
ようやく、赤司は黄瀬を手にする一歩を踏み出したのだった。



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誕生日関係ない内容になってしまった。赤司くんおめでとう。

2012.12.20.

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