Call My Name


「ずるいっス」

制服の袖を引かれて言われた言葉に、緑間は眉間に深く皺を寄せた。
部活の後の自主練も終え、さて帰るかと高尾と共に向かった校門に恋人である黄瀬を見つけたのはつい先程のことである。久々に会えた嬉しさを誤魔化すように、来るなら来ると連絡を寄越せと言う緑間を見て高尾は小さく笑った。ほんとツンデレなんだから、真ちゃんは。それじゃ、また明日。と、相棒とその恋人に気を遣って校門を出て行った高尾の背中が見えなくなったところで、黄瀬がずるいと呟いたのだった。
緑間というのは、ずるいという言葉とは相容れないところにいる人間である。構内を照らす外灯に飴色の双眸をゆらゆらと照らされながら、黄瀬は緑間を見上げていた。

「……ずるいとは何だ」

「真ちゃんって、呼ばれてたじゃん」

俺だって呼んだことないのに、と二三度袖を引いて黄瀬はそのまま俯いてしまう。長めの前髪がさらさらと綺麗に整った顔を隠していた。

「お前も、呼べばいいだろう。名前で呼ぶなと言った覚えはないのだよ」

ほぅ、と小さく息を吐きだして眉間をほぐした緑間が言う。出会った頃からの呼び方は高校生になっても変わることもなく、恋人として触れ合ったり口付けたりするときでもお互いに名字呼びのままだった。名前で呼んで欲しいと言うのなら緑間は“涼太”と呼ぶつもりでいるが、今はそうではなく黄瀬が緑間のことを名前で呼びたいらしい。

「ほら、黄瀬。呼びたいのだろう?」

「……っ、え、と、」

やっぱりいいっス、と離れようとする黄瀬の腕を掴み、伏せられていたままの顔には左手を添えて飴色の瞳を覗き込む。自分から言い出しておいて恥ずかしくなったのだろうか。うう、と唸りながらこちらを見つめる黄瀬に、僅かにだが口角が上がったことを緑間は自覚した。そんな顔をされては、名前を呼ばれるまで解放できそうにない。

「黄瀬」

宥めるように促すように囁かれた緑間の低い声に、黄瀬は一度ぎゅっと目を瞑ってゆっくりと開いた。どうにでもなれ、と深い緑色の双眸を見つめ返す。

「し、真太郎」

形の良い唇が紡いだ名前は、緑間が今まで聞いたこともないほど甘いものだった。たっぷりの蜂蜜の上にさらに砂糖をまぶしたような、甘ったるい響きが耳に柔らかく残っていく。癖になりそうだ。

「……もういいっしょ、緑間っち!ずるいなんて思った俺が悪かったっス。だから、もう帰ろ?ね」

これでおしまい、と帰ろうと促す黄瀬を一層引き寄せて、もう一度呼んでくれ、と緑間が要求する。ただでさえ火照っていた耳に緑間の唇が微かに触れて、じわり、とまた熱くなった。

「み、緑間っち、」

勘弁して、と続けられようとした言葉は、そのまま低い声に上塗りされてしまう。ゆるゆると羞恥のためか水の膜を張る飴色を見つめながら、緑間は再び口を開いた。

「涼太」

愛しい人の名前を音に出して、そして促す。俺の名前を呼べ、と。

「真太郎」

黄瀬が口にした甘い甘い名は、穏やかな夜の空気と緑間の口内に溶けて消えた。




2012.11.27.

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