※帝光。

日々翠々


淡い緑色の餡が覗くパンを形の良い唇が食むのを目にしながら、緑間は自分の弁当に箸を付けた。上品な漆塗りの弁当箱には木目が綺麗に浮かび上がっていて、プラスチックにはない温かみを感じさせる。その中に並べられたおかずも冷凍食品などは一切使用されておらず、色どり・栄養バランスも食べる者のことを考えた完璧なものとなっていた。
緑間の弁当がこれだけ立派なものであるのに対し、目の前に座る黄瀬が口にしているのはうぐいすあんパンただ一つである。部活のメンバーと食堂で昼食を摂っていた時は定食や麺類など普通のメニューを頼んでいたはずなのだが、緑間と昼食を共にするようになってから、言いかえれば緑間と付き合い始めてからはずっと黄瀬の昼食はうぐいすあんパンなのであった。
燦々と夏とは違う秋の柔らかな陽光が降り注ぎ、爽やかな風の吹く屋上で、黄瀬は慈しむようにうぐいすあんパンを両手で持ち、食べるのが惜しいとでも言いたげに少しずつ口に運んでいる。ただでさえ食べるのが早い方ではないのにそうやって食べるものだから、昼休みいっぱいの時間をかけてようやくあんパン一個を消費するといった具合だ。
それに、育ち盛りかつ全国レベルの強豪バスケ部のレギュラーである男子が、その程度の昼食で満足できるのだろうか。そのうち倒れるのではなかろうか、とこれまで疑問に思っていたことと心配が募りに募り、緑間は口を開いた。付き合い始めて三週間と二日が経った日のことである。

「それが好きなのか」

問うた緑間の顔をきらきらと光を取り込む蜂蜜色の双眸で見つめながら、黄瀬は口内で咀嚼していたものを飲み込んで口を開いた。

「うぐいすあんパンっスか?別に、好きじゃないっスよ。嫌いでもないけど」

毎日毎日食べていて好きじゃないのか、と緑間は呆気にとられる。食べるのが惜しいとでも言いたげにゆっくり食べていたのは何だったのか。

「何故、好きでもないものを毎日食べているのだよ」

眉間に一つ皺を寄せた緑間を見て、黄瀬は幸せそうに瞳を細めた。だって、と砂糖をまぶしたように甘い声が緑間の耳に届く。

「緑間っちの色じゃないっスか、これ」

白くて長い指があんパンの縁をなぞって、それから薄い唇に触れた。そのまま口端を上げれば、お手本のように綺麗な笑みが出来上がる。

「大好きな人の色だから」

蕩け出しそうな錯覚に陥りそうになる甘い甘い笑顔に目を奪われながら、緑間は額を抑えた。大好きだ、と言われて嬉しくないわけがない。ただ、そのような理由でそんな食事をしていたのか、と考えると、緑間にも責任があるように感じてしまうのだ。

「……これも俺の色だろう」

弁当箱の隅に鎮座していたほうれん草のおひたしを箸で摘んで、黄瀬の口に押し付ける。驚いたように目を見開いた後、それでも嬉しそうに微笑みながら咀嚼を始める黄瀬の唇についたおひたしの汁をテーピングの施されていない右手で拭ってやりながら、緑間はあることを思いついたのだった。





翌日、緑間の弁当箱は小ぶりの重箱へと変わっていた。昼食は用意するなと言われていた黄瀬は、緑間の綺麗に整えられた手が重箱の蓋を開けるのを見つめ、そしてうわぁと感嘆の声を上げる。
ほぼ全てに緑色の取り込まれたおかずとお握りが並んでいた。緑一色というわけではなく、黄色や赤など他の色味も映えていて、黄瀬以外の人間が見ても食欲を失うことはないように配慮されている。

「緑間っちの色っスねぇ」

ごくりと唾を飲み込んで、黄瀬はそれはもう幸せそうな表情をしてみせた。



2012.10.18.


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