欲張りだ、と言われたときのことをよく覚えている。同じクラスでずっと仲良くしていた子で、小学校の休み時間も放課後も一緒に遊ぶような子だった。姉が二人いる環境で育ったからか、男友達というのは新鮮で嬉しくて、本当に毎日が楽しかったのだ。
それがある日、黄瀬が河川敷にあるぼろぼろのサッカーゴールにシュートを決めた時に、その子は言った。

「お前って、欲張りだよな」

少しだけ空気の抜けたボールが夕日に染まりながら、ころころと人のいない方向へと転がって行く。
よくばり、とその意味を黄瀬が反芻して理解するよりも前に、何でもスポーツが出来て女子にもきゃーきゃー言われて、欲張りだ、とより一層強い口調で言われた。暖かな橙色にきらきらと反射する川面が眩しくて、黄瀬はその言葉をはっきりと覚えているけれどそう言った少年の表情はぼんやりとしか記憶にない。
次第に夕日が地平線へと沈んでいって薄暗くなっていく中で、力なくボールを拾いあげながら、黄瀬は思った。俺は欲張りなのか。確かに、オムライスにハンバーグとエビフライがワンプレートになっているお子様ランチは大好きだったし、もうそれを食べるには涼太は大きくなりすぎちゃったわよ、と母親に言われるとほんの少し悲しかった。大人になると、オムライスと、ハンバーグと、エビフライをそれぞれ別に注文しなければならなくて、でも一人ではそんなに食べきれない。けれど、どれを食べたいのか選ぶこともできなくて、結局家族皆を巻き込んでおかずを分けてもらっていた。
黄瀬は欲張りで、甘やかされた分だけ選ぶことのできない優柔不断になってしまったのだ。



静かなロッカールームに響いたその言葉を、黄瀬は緑間の独り言だと思って一度は聞き流した。ちらっと視線を遣った先では緑間が何かを考え込むように顎に手を当て、そしてどこか納得したようにもう一度言葉を口にする。

「好き、なのだよ」

緑間の翠の目が真っ直ぐにこちらを見た。黄瀬は緑間の口からそういう言葉が出て来たことに驚愕して、でも緑間のそんな話を耳にするのは初めてで、姉譲りのミーハーな部分を出して緑間に詰め寄る。

「え、なに、緑間っち。好きな子いるんスか?」

緑間が好きなのはどんな女の子だろう。清楚な感じで頭もよくて、煩く騒いだりしないような大人しい子だろうか。
先ほどよりも近くなった距離から、緑間はぴたりと視線を黄瀬に合わせて、一度だけ眼鏡のフレームを左手で押さえて口を開いた。

「お前が好きだ、黄瀬」

「……へ?」

ぱちぱちと瞬きをして、緑間の言葉を反芻する。好きだ、と言われた。黄瀬、と名前も呼ばれたから、勘違いではないだろう。わざわざ口にして言うということは、それは友人に対する好意を示すものではないのではないか。俺も緑間っち好きっスよ、と簡単に返してしまってはいけないもののような気がする。
間の抜けた音を発してしまった唇は閉じ切らずに緑間を見つめていたけれど、緑間は何かを成し遂げたかのように一人で着替えを進めていく。あとはもうネクタイを締めて、鞄を手に持てば部室に鍵をかけるだけだ。
いやいやいや、ちょっと待って、と黄瀬は緑間の腕を掴んでしまった。
何それ、告白なのに自分の気持ちを言っちゃうだけで終わっちゃうの? 付き合ってくれ、とかいう文が続くのが定番じゃないの、これ?
動揺する黄瀬の前で、緑間は少しだけ唇の端を上げた。付き合ってくれと言えば、付き合ってくれるのか、と問い返される。
黄瀬は再び動きを止めて、考えた。緑間のことは別に嫌いではない。いつもおは朝占いのラッキーアイテムを持っているのが変だとは思うけれど、3Pシュートはびっくりするくらい凄いし、シュートを打つ時の姿勢はとても美しくて見惚れてしまうくらいだ。嫌いではないのなら、別にこの誘いを受けても問題はないように思える。同性で付き合うということの意味を黄瀬はあまり深くは考えずに緑間の告白を受けようとした。
その時、バタンッと音をたてて勢いよく開いたドアに、黄瀬の言葉は喉へと引っ込んでしまった。そこにいたのは用事があるからと黄瀬の1on1を断って帰ったはずの青峰で、青峰っちが何でここに、と首を傾げる黄瀬の元へと彼は近付いてきて、黄瀬が緑間を掴んでいた手をばっと引き剥がす。

「黄瀬!」

眉を顰める緑間から黄瀬を隠すように立った青峰は、大きな声で黄瀬の名前を呼んだ。その浅黒い肌はうっすらと上気しているようでほんのり赤く染まっている。

「青峰っち、どうしたんスか」

「邪魔をするな、青峰」

黄瀬に続き緑間が不機嫌を滲ませた声で青峰を呼ぶ。それには応えずに、青峰はロッカールームに響き渡る声量で言葉を発した。

「黄瀬のこと好きになっちまったんだよ!」

掴まれたままの右手が、青峰の驚くほど熱い体温を伝えて来る。えっ、と大きく瞬く黄瀬の、青峰を通り越した向こうでは緑間が眉の間に皺を寄せていた。
黄瀬の視線は、緑間と青峰を言ったり来たりする。どちらも嫌いではないし、むしろ大好きで大切だ。黄瀬が真似できないプレーをする人たち、憧れであって、きらきらとした色をくれた人たち。
混乱する脳内に、夕焼けの河川敷が思い出される。欲張りだ、といった友人。子供の黄瀬はオムライスとハンバーグとエビフライが大好きで、どれか一つを選べない。青峰も緑間も大好きで、まさか二人から告白されるなんて今の今まで考えたことなんかもちろんなくて、選べるはずがないのだ。
ひやり、と青峰に握られていない方の手に、緑間の手が触れる。右手に青峰、左手に緑間を見て、黄瀬は視線をどちらに向ければいいのか分からなくなって天井を見上げた。眩いくらいにロッカールーム内を照らす照明が、黄瀬の視界を真っ白に染める。
こんな、十四年かそこらの人生しか生きていない男子中学生が立たされるにはだいぶ珍しい状況に遭遇してしまったきっかけが己の姉たちであることなど、今の黄瀬には分かるはずもないのだった。





- - - - - - - - - -

乙女ゲーのヒロインみたいな黄瀬くんでした。



2014.05.14.
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -