『今日から、おは朝占いのコーナーを担当させていただきます』

幼い緑間の目は、そのテレビ画面に釘付けになった。
いつも通りの休日の朝、いつも通りの和の朝食。右手に味噌汁の入ったお椀を持ち、左手に箸を持っている緑間の目は、眼鏡のレンズを通して液晶の中でぺこりと頭を下げた女性を見つめていた。
金色に近い茶色の髪はゆるく波打って肩の下に垂れている。髪よりも少し薄い色の瞳は長い睫毛に縁取られていて、白い肌は緊張の為か仄かに赤く染まっていた。占い結果を告げていく彼女の唇は、下品でない紅さに塗られて動いている。

『かに座のあなた。今日のラッキーアイテムは、青色のハンカチ。人生を変える衝撃的な出会いがあるかも』

細い指先を口元に当ててそう言う彼女は、緑間にはとても輝いて見えたのだった。おは朝占いが終わるまで緑間は微動だにすることなく、画面を見つめていた。朝食はすっかり冷めてしまっていたが、緑間の頬は徐々にほっこりと上気していったのだった。



それが初恋だったのだろう、と緑間は確信している。彼女は、あの画面越しの衝撃的な出会いから数年後に結婚してアナウンサーを辞めてしまったけれど、緑間の好きな女性のタイプの根源そのものであるのだ。
だからこそ、綺麗な顔をした帝光生を入学式で見かけたときに、彼女の親族ではないかと思ったのだった。色素の薄い髪、長い睫毛、人形のように整った顔立ちは、とてもよく彼女に似ていた。すでにテレビには出ていなかった彼女を彼と結び付ける者など緑間の他にはおらず、とてもかっこいい新入生がいるというざわめきだけがそこら中に広がっている。
入学式から数か月後には彼の名前は学年中の女子の知るところとなり、自然と緑間の耳にも入って来た。黄瀬涼太。あまり見かけない響きの彼女と同じ姓は、親族であるということを決定づけた。



緑間がその黄瀬と最初に接触したのは、帝光中学校男子バスケットボール部入部時ではなく、それより前の中学一年生の三学期の下校中であった。その日は試験期間で部活もなく、寄り道もせずにまっすぐ家に向かっていたところを後ろから呼び止められたのだ。

「あの、ちょっと!」

それが自分に向けられているものだとは思わずに、数度呼びかけられたところでようやく振り向いた緑間の目に、少し離れたところから駆け足でやってくる眩しい男が見えた。金色の髪に、同じ色の瞳。長い睫毛に白い肌。近くで見ると、やはり造り物のように整った顔だ。黄瀬が、緑間より少しだけ低い位置から視線を向ける。

「これ、落としたっスよ」

そう言われて差し出されたのは、金の縁取りがされた赤いリボンだった。ラッキーアイテムであったうさぎのぬいぐるみの耳を飾っていたものだ。今日もずっと傍に置いていたラッキーアイテムを見遣ると、片方の耳に華やかさがなくなっている。歩いている拍子に滑り落ちてしまったのだろう。

「すまないのだよ」

左手を出してリボンを受け取る。黄瀬の鮮やかな虹彩が、少しだけ好奇心を含んで瞬いて、緑間の手の中にあるぬいぐるみを見つめた。

「もしかして、それ、かに座のラッキーアイテムっスか」

ぱちぱちと瞬く目が面白そうに緑間とぬいぐるみを行き来する。律儀にラッキーアイテム持ってる人初めて見た、と堪え切れずに噴き出す様子が、学校で見かけるつまらなそうな表情をしたものとは違って新鮮で、緑間は目を奪われた。
おは朝ではなくかに座と言ったところから考えると、黄瀬もおは朝占いを見ているのだろうか。今日のかに座のラッキーアイテムは、リボンをつけたうさぎのぬいぐるみです、と告げたアナウンサーの言葉を、少しだけ長く思い返して見る。
かに座のあなた。今日は興味深い発見があるでしょう。
黄瀬涼太がおは朝占いを見ていてラッキーアイテムまで把握していることは、興味深いかもしれない。難易度の高いラッキーアイテムを出してくるおは朝占いは、緑間にとっては死活問題に繋がるが他の人にとってはそうでもなく、朝食時に何となくテレビで流れているくらいにしか思われていないのが世間一般的だった。おは朝占いのラッキーアイテムを知っているというだけで、少し好感度が上がる。今日のかに座は三位、確かにそれに見合うだけの面白いことがあったかもしれない。



その黄瀬とのファーストコンタクトが意識の片隅にあるうちに黄瀬がバスケ部の一員となり、何かと話すことも増えた。緑間の3Pにすごいと目を輝かせて、緑間っちと変な呼び方をされるようになったが、嫌みのない素直な称賛はどこか気恥ずかしく嬉しいものだった。
一目惚れした相手によく似ているのだから、元々好みの顔だったはずだ。それに段々と性格も分かってくると、生意気なところもあり末っ子特有の甘えたところもあり、それが欠点ではなく魅力的に思えてくる。グラビアアイドルをネタにした下世話なお喋りに気まずそうに顔を背ける様は年頃の男子中学生にしては初心で、それが話題になっていたアイドルが彼の姉だからと知った時は納得すると同時にどこか違和感のような腑に落ちないものを覚えた。
青峰の好きなグラビアアイドルよりも、数年前におは朝のコーナーを担当したアナウンサーの方が黄瀬に似ていると思ったからだ。黄瀬に、彼女と親戚なのかと聞いたことはないが、明らかに血の繋がった親類であろうという確信は抱いている。緑間は彼女の性格を知ることがないまま恋に落ちていつの間にかその思いは消えてしまっていたけれど、理想的な顔を持つ黄瀬の性格を知って好ましいと思っている。初恋の人に向ける感情よりも強く真摯に黄瀬を好いているのではないか。日が経つごとにその考えは増していく。



ぼんやりとして考えていた言葉はそのまま口をついて出て行ってしまった。青峰に1on1を断られたと泣き真似をしながら緑間に強請ってきた黄瀬が、隣で服を着替えながら少しだけ動きを止めた。二人っきりで残った後の部室には誰もいなくて、いつもより広々として使えるはずのロッカールームに、一つロッカーを挟んだだけの近い距離で、衣擦れの音もない沈黙が僅かに流れる。

「好き、なのだよ」

再び口にして、そしてようやく緑間は己が黄瀬を好きなのだと、はっきりと自覚した。声に乗せて漏れ出た言葉は一度空気に触れて柔らかく咀嚼しやすくなった形で耳に入り込んで脳に届く。
そうか、友情ではなく恋情の好ましいなのか。
一人納得する緑間の視線は床から隣の黄瀬へと移る。綺麗な色の瞳が真ん丸に見開いて、こちらを見ていた。





→黄瀬編



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