見ているだけで熱気が伝わってきそうな、しっかりと筋肉のついた体を持つ有名NBAプレーヤーのポスターが何枚も壁に貼られている中で、その白い肢体はやけに目を引いた。
滑らかな肌に柔らかそうな身体。黒い髪が風に揺れて、豊満な胸を少し趣味の悪い紫色のワンピースが覆い隠していた。今は清純派グラビアアイドルで売り出している堀北マイの、デビューとなったポスターである。どの路線でいくかという迷いが見えるこの写真を見て、青峰は彼女を好きになり、こうしてファンになったのだった。
黒くて肩には届かないほどの長さの髪。僅かに瑠璃紺の混じった黒目がちの瞳は、少しだけ垂れている。すっと通った鼻筋に、薔薇色に染まった頬。加えて、手で掴んでも納まりきれそうにない胸。目の保養、どころではない。思春期の少年である青峰にとって、彼女は理想の塊であるといえた。



部活終わりに立ち寄ったコンビニで、堀北マイのポスターが付録の雑誌を買った。皆それぞれ目当てのものを購入して、コンビニの出入りの邪魔にならないところで購入したばかりの雑誌を広げた青峰の耳に、不思議そうな桃井の声が入り込んで来くる。

「きーちゃんって、堀北マイちゃん苦手なの?」

堀北マイという固有名詞に雑誌から外した視線の先では、桃井に問われた黄瀬が少しだけ気まずそうな顔をして青峰を見たところだった。合った視線はすぐに逸らされて、黄瀬は桃井の疑問に質問で返す。

「どうしてそう思うんスか?」

「だってきーちゃん、男の子がマイちゃんの話題で盛り上がってると居心地悪そうにしてるでしょ」

それか、すぐにその場から立ち去っちゃうし。
桃井の言葉に、参ったなぁと言った風に頬を掻いて、黄瀬はきょろきょろと辺りを見回した。コンビニの前にいるのがいつものメンバーであることを確認すると、あんまり言いたくはなかったんスけど、と前置きして話し出す。

「俺の姉ちゃんなんスよ」

「え?」

「……堀北マイさんは、黄瀬君のお姉さんなんですか?」

「そう、二番目の姉ちゃんっス」

黄瀬の発言を受けて、男連中は何かを納得したように頷いた。それなら黄瀬が堀北マイの話題を敬遠していたのにも納得がいく。実の姉が、多感な男子中学生に性的な目で見られていたらそれは気まずいだろう。
そう言われてみれば、鼻と唇が、きーちゃんと似てるよね、と笑う桃井の声を聞きながら、青峰は己の持っていた雑誌に視線を落としたのだった。
似ているか? と思う。どちらかというと、堀北マイは桃井に似ているとクラスメイトたちには評されることが多かったのだ。垂れ目のところとか、胸が大きいところとか、と男子が騒ぐのを、青峰はどこか嫌悪感をもって見ていたのではなかったか。桃井という、青峰が産まれたときからの幼馴染はすでに異性ではなくて家族のようなものだった。血が繋がっていないだけで、姉か妹のようでもある彼女は、青峰にとっては確かに身内であるのだ。桃井を性的な目で見ているクラスメイトに悪寒のようなものを覚えたのだが、そんな青峰のような気持ちを、まさか己が黄瀬に味わわせていたとは思わなかった。

「さっちんはそう言うけどさ〜」

と、紫原の間延びした声が聞こえてくる。

「俺は似てると思わないよ、堀北マイと黄瀬ちん」

ほんとに姉ちゃんなの?
そう続けられた問いに、黄瀬は少しだけ申し訳なさそうに青峰を見て、でも次の瞬間には悪戯っぽい弟の顔になって紫原に答えた。

「頑張って清純派装ってるんスよ。地毛は焦げ茶だし、瞳の色もほんとは薄い茶色なの。でも、事務所からそんな見た目じゃ清純派じゃないって駄目出しされて」

黒染めして、カラコン入れて、化粧で垂れ目風に見せて、もうほんと大変みたいっスよ、と黄瀬は笑った。
青峰の手の中には、その黄瀬の姉が花柄の水着を着て笑っていた。紫原が言うみたいに似てないように思えたが、桃井の言葉を思い返してじいっと見つめているうちに、確かに黄瀬の面影もあるような気がしてくるものだから不思議だ。



一度似ていると思ってしまえばもうダメだった。
傍らに置かれたティッシュの存在も忘れて、己の手を見つめる。今しがた出したばかりの精液が、べたついて徐々に冷えていく不快感に眉を顰めながら、青峰は床に落ちてしまった堀北マイのポスターを見つめたのだった。
露出の高いその服は、水着でなくて下着であった。こんな格好を見られるなんて、ちょっと恥ずかしいです、とインタビューにあった通りに頬を染めている彼女は、可愛らしいし色気もある。青峰の劣情を煽るには十分で、だからこそ今日のおかずにしたはずだったのに。
じいっと見つめて行為に耽っているうちに、いつの間にか堀北マイの顔に黄瀬の顔が重なった。黄瀬の姉で抜いている罪悪感、黄瀬が男であるという事実に萎えるかと思ったものは依然熱を持ったままで、黄瀬のイメージを取り除こうと強く目を瞑ってみてもそれは叶わなかった。硬く閉じた瞼の裏では、見たこともないような表情をした黄瀬がいて、掠れた声で青峰の名を呼んでいる。羞恥で耳まで真っ赤に染めて、潤んだ黄金色の瞳に見つめられると、それが想像であるにも関わらずごくりと喉が鳴った。どきっとした。それと同時に射精を迎えて、青峰は頭を抱えることになったのだ。
マジかよ、ありえねぇ。何かの間違いだ。そう、間違いであればよかったのだ。
部活の時は集中していたはずだったのに、休憩時間には無意識に黄瀬を見ていた。その夜は夢に黄瀬が出て来て、朝起きたら夢精していた。最悪だ。
友人をそういう対象で見てしまっていることに嫌悪感を覚えたし、どうすればいいのかという対処法も分からなかった。
青峰っち、と1on1を強請るときの黄瀬は、無自覚に少しだけ腰を屈めて下から見つめてくる。すると自然に上目づかいになるわけで、その黄金色の双眸に混じり気のない憧れがめいっぱいに含まれているのだとか、白い首筋を流れる汗だとか、薄い唇から覗く赤い舌の鮮やかさとか、そういうのがやけに目について記憶にこびり付いて離れてくれなかった。脳はその日の記憶を整理しようと毎晩黄瀬のことを夢にみせるし、その結果夢精に至ってしまう。
部活の、手の空いたときにもじいっと黄瀬を見ていることが多くなって、集中しろ、と赤司に檄を飛ばされた。
青峰君、最近よく黄瀬君のこと見てますね。
大ちゃん、きーちゃんと何かあった?
峰ちん、ずっと黄瀬ちんのこと見てるし。
青峰、黄瀬が気になるのか。
黒子、桃井、紫原に問いかけられ、終いには赤司にずばりと言い当てられた。彼らの問いには何と答えていいかも分からず適当に濁したのだけれど、青峰の視線はどうしても黄瀬を追ってしまう。
男を好きになるっておかしいだろ。青峰は同性を好きになることがマイノリティだと分かっていたし、己の気持ちを告白しようと考えたこともなかった。一時の気の迷いだと思い込むことにしたのだ。自分の好きなグラビアアイドルの弟がたまたまチームメイトだったから、ちょっと驚愕しただけなのだと思うことにした。
青峰っちと黄瀬が呼ぶたびに嬉しくなることも、黄瀬が青峰でなく他のチームメイトに1on1を強請ると何かもやっとしたものが胸に生じるのも、全て気のせいだと思うことにした。自分の気持ちを告げることなんて、考えもしなかった。



あまりに黄瀬が近くにいるのが怖くなって、少しだけ距離をおくことにした。
強請られた1on1も用事があるからと断って、だけれど帰り道の途中でロッカーに弁当箱とドリンクを忘れたことに気付いてしまった。湿気の多く気温も高い時期で、一晩冷房のついてない密室に放置された弁当箱がどんな悲惨な状態になるかを思うと、一旦学校へと引き返した方が母親の叱責も得なくて良いだろうと判断した。用事があるというのも1on1を断るための口実であって、家に帰ればただ夕食を食べて風呂に入って寝るだけだ。
忘れ物したから、と一緒に帰っていた黒子と桃井に告げて引き返す。急げばまだ居残りをしてる連中がいるだろうと駆けて戻り、部室の扉に手を掛けようとしたところで、青峰はぴたりと動きを止めた。
緑間が、黄瀬に好きだと告げる声が聞こえた。青峰が気の迷いだと決めつけた恋心を、緑間はただ穏やかな声で黄瀬に告白していたのだった。





→緑間視点



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