ずっと、いっしょ


自分だけが年を取ってしまう。そのことに気付かされて、何だかもやもやとした寂しさのような、泣いてしまいたいような、あまり嬉しくは無い気持ちで胸がいっぱいになってしまってせっかくの夕飯も少ししか食べられなかった。風呂に入ったときもぼんやりとしていたから、自分がどうやって体を洗って着物を来たのかも覚えていない。
髪も乾かさないままふかふかの布団に座りこんでいる黄瀬の正面に赤司が腰を下ろして、そして声をかけた。

「涼太、どうかしたのか」

優しいやさしい声だ。黄瀬は赤司のこの声を聞いてしまうと、体の全身から力が抜けて何もかもを委ねてしまいたような気持ちになる。
睨めっこをしていた布団から視線を上げて、赤司の色の違う双眸を見つめた。行灯だけの僅かな明かりでも正面の赤司の姿ははっきりと目に見えて、黄瀬は安心する。
そろそろと手を伸ばして、赤司の右手を両手でとって、黄瀬はそれに力を入れてぎゅっと握り込んだ。

「……征十郎さんとおんなじになるには、どうしたらいいっスか」

ぽろりと黄瀬の口から零れた言葉に、赤司は僅かに目を見開いたようだった。
黄瀬は思う。人間の自分だけが年を取っていって、皺だらけで何かを支えにしないと立てもしないようになってしまっても、赤司たちはずっとこの見目のまま変わらないのだ。ずっと一緒にいたいと思うほど大好きな人たちとの別れが来るのは耐えられそうになかった。実際には黄瀬が置いて行ってしまうことになるのだけれど、まるで置いて行かれるようなどうにもしがたい寂しさを感じてしまったのだ。
ずっと、一緒にいたい。離れたくない。寂しいのは嫌だ。
昼間の青峰の言葉を聞いた時から、胸に巣食った不安はどんどん増していくばかりで、だから黄瀬はどうしたら自分が人でなくなるかを赤司に尋ねることにした。神様である赤司なら、何でも知っているはずだ。

「僕と、おんなじとは……?」

黄瀬の手をゆっくりと握り返しながら、赤司は問いかける。

「ずっと、征十郎さんと一緒にいたい」

黒子っちと、青峰っちと、緑間っちと、紫原っちと、皆と、ずっと、一緒が良い。
切実な響きを隠すことなく滲ませてそう答えた黄瀬の頬へと、赤司は手を伸ばしそっと撫でた。赤司の端正な顔に美しい笑みが浮かべられているのを見て、黄瀬はぱちりと瞬く。
いいこだ、と音にはせず動いた唇が、ゆっくりと近付いて黄瀬の額に触れた。
蕩けてしまいそうに優しく、耳に心地よい声が、降ってくる。

「その望み、叶えてあげよう」

***

青峰もたまには気の利いたことをする、と布団の上に愛しい子供を押し倒しながら赤司は笑った。僕と同じになるにはまじないが必要だ、と言い聞かせた黄瀬の顔には、不安の色は一切なく、どちらかというと喜びにも似た嬉しそうな表情が浮かんでいる。
そろそろ喰わねばならない、と思っていたところだった。どうやって黄瀬に手を出そうかと、赤司にしては珍しく悩んでいたのだ。もちろん痛くなどするつもりはないが、初めてのことだから黄瀬は怖がるだろう。いっそのこと、薬か酒でも盛って何も分からないくらいグズグズにしてしまってから事に及ぶのでもよいか、と考えたほどだった。それが、黄瀬の方から赤司と同じになりたいと請うてくるとは。
ときたま町に遊びに出る黄瀬の容姿は噂になって、この町だけでは留まらずに隣の、そのまた隣の城にまで届いていた。二つ隣の城の殿様はとんだ変態で、美しい子供を集めるのに全身全霊をかけているような男であるらしい。それの耳にも黄瀬の噂が入っていて、もうじきこの町に噂の子供を探しにくるという馬鹿げた話が出て来ていた。
この一年で黄瀬はとても美しくなった。龍神が娶ったとも知らずに黄瀬に懸想する薄汚い人間どもを、赤司は鼻で嗤う。お前たちが一度は殺した子供だ、とそう罵りたくもなる。
帯をほどいて着物の合わせから手を差し入れて黄瀬の腹に触れると、子供は微睡む寸前のような甘い声を漏らした。あったかい、と呟く声に、赤司の目尻が下がる。
色など知らない子であるから、このまま撫でているうちに眠ってしまうのではないか、と思ってもいる。

「涼太」

柔らかい腹に手を滑らせながら、赤司は黄瀬の左耳に唇を寄せた。耳に吹き込まれた己の名前にくすぐったがるような素振りを見せて、黄瀬も口を開く。

「せーじゅうろ、さん」

熱っぽい息と共に吐き出された名は随分と舌っ足らずで、赤司は微笑った。腹を撫でていた手は子供を愛しむような触れ方で、徐々に胸へと這い上がっていく。
灯ったままの明かりの下で黄瀬の頬は薄く色づいていて、黄金色の瞳はじとりと潤んでいた。せいじゅうろうさん、と美しい子供の可愛らしい唇が、再び赤司の名を呼ぶ。それに応えるように、赤司は黄瀬の滑らかな頬に口付けた。





その日朝餉の席に黄瀬は現れず、お天道様が高く上った昼過ぎになってようやく、ひょっこりと黄色い頭が座敷に顔を出した。
おはようございます、と言おうとした黒子の口は“お”の形で止まり、すぐに複雑そうな表情に変わる。
うっすらと赤くなった目元、どこかぼうっとしたように潤んだ黄金色の瞳、白い首筋にくっきりと浮かぶ朱。柳色の着物はきっちりと着付けられているだけに、昨夜何があったのかが際立って分かる。
やっと喰われたか、と子供の肩を叩こうとした青峰も、上げた手をそのままの状態で止めてしまっているのは黄瀬があまりに色気を振りまいているからだろう、と紫原はぼんやりとした意識の片隅で推測する。緑間などは、娘を嫁にやった時の父親のような顔をしていた。

「あのね」

皆を見つめてそう口にした黄瀬の声は少し掠れていて、それが風邪でないのが分かっているからどこか落ち着かない気持ちになる。

「これからはずっと、征十郎さん、黒子っち、緑間っち、紫原っち、青峰っち、皆と、ずっと一緒っスよ」
 
にっこりと、頬を染めて微笑む黄瀬は、今までで一等美しかった。





百日紅の花が見ごろを迎えた季節。
大きな城のある町の、外れにあった大きなお屋敷からは住んでいる者の気配が消え、家人がどこへ行ったのか知る人間は、たったの一人。
綺麗な花嫁を連れた彼らは、一層大きな、帝のいる都へと移ったのだと知っているのは、桃色の髪をした末の姫君だけである。


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