※なんちゃってギムナジウムパロ。
赤司視点。

ヘゲモニー


「赤司っち」

癖のある呼び方をし、眩いばかりの金糸を靡かせながら駆けて来るのは、先日編入してきた黄瀬涼太だ。襟元のリボンタイの結び目が緩んでいるのにも気づかず、まるで犬のように僕の数歩後ろに付き従う。随分と懐かれてしまった。
彼は隣国からの編入生である。生徒数が多いわけでもなく、また珍しい時期の編入というだけあって全校生徒の注目を浴びた涼太の世話係は、校長自らによって僕に任命されてしまった。この国の言葉にまだ不安が残る涼太に、隣の国の言葉を理解し話すことのできる僕が付くことで早く学校に馴染んでもらいたいという趣旨だったが、簡単に言えば面倒を押しつけられたことになる。
きらきらとお日様よりも光り輝く金髪はどこにいても存在を主張し、すらりとしなやかに伸びた手足は人形のよう。琥珀の瞳は時間ごとに濃淡を変え、白磁の頬に影を落とす長い睫毛までもが黄金色。詩文の好きな下級生が、彼はアフロディテに愛された人なのだと感嘆していたことを思い出す。
こんなに目立つ人間がいて、問題が起こらない方がおかしいというものだった。この僕が世話係だと知っていながら、涼太にちょっかいを出したのは一人や二人ではない。さすがに下級生はないが、上級生からのものがひどいようだ。
涼太も涼太だ。阿呆なのかと言いたくなるほど、毎度同じ手に引っ掛かっている。これほどまでに危機感の薄い人間には初めて出会った。一人だけでは、到底平凡な人生など送れないに違いない。

「赤司っち、どうしたんスか?」

「……いや、何でもないよ」

赤子のように無垢な瞳でこちらを覗き込んでくる涼太に言葉を返し、ついでに緩んでいたリボンタイを結び直してやる。きっちりと同じ長さで輪になったそれを気に入ったのか、涼太は綺麗に微笑んでみせた。





大変です、と呼び出されたのは、夕食の時間になる前のことだ。寮の自室で本を読んでいた僕の部屋に入って来たのは、涼太のことを美の女神に愛されていると言った下級生で、息を切らしながら黄瀬さんが素行の悪い上級生たちに連れて行かれた、と告げた。涼太の為に、通常の講義の後夕食の時間までは語学教諭との勉強会が組まれている。それが終わってすぐに上級生に見つかったのだろう。これで何度目になるのだろうか。
埃っぽい絨毯の上にみっともなく押し倒された状態で、あ、赤司っち、と場にそぐわない嬉しそうな声を上げた涼太には、もう溜息の一つも出てこない。リボンタイの取り除かれた襟元のボタンは引きちぎられて役目をなしておらず、肌蹴たシャツから覗いた白い胸がただ目についた。






「毎回、大変ですね」

感情を悟らせないガラス玉の瞳で僕を見て、影の薄い図書委員はそう呟いた。昨日のことは、一夜のうちに生徒たちに広まったらしい。上級生が二人自主退学になったということも、知らないのは当の本人である涼太くらいだ。
放課後行われていた語学の勉強会は僕が引き受けることになり、図書館の目立たないところにある机を陣取ったのは三十分ほど前になる。課題を出し、涼太がそれを解いている間に天井まである背の高い本棚を一つ一つ物色していた僕に近付いてきたのは、返却された本を片付けに来たテツヤだった。

「全くだよ。危機感がなさすぎる」

言葉を返す僕の手に、これお勧めですよ、と一冊の本を渡しながら、テツヤは無表情を僅かに緩めて笑んでみせる。

「言うことをきかない犬には、それなりの躾が必要なんじゃないですか」






テツヤの言うことは最もだ。
これまで身体が無事だったことが不思議に思えるくらい、涼太は何の警戒心もなく他人に付いて行く。ここまで同じことを繰り返せば、もう危機感がないという言葉だけでは片付けられなかった。何度言い聞かせてもそれが改善しないならば、多少の強硬手段に出る必要がある。
昨日の今日だと言うのに、夕食後僕が教諭に呼び止められている隙にのこのこと面識のない上級生に連れて行かれた涼太を自室に連れて帰り、ベッドに座らせた。どこまでも無邪気に僕を見る涼太に手を出させ、その白い掌を小さな黒い鞭で叩く。

「……っ、赤司っち?」

「何故僕が叩いたか、分かるか?」

何で、どうして、と生理的な涙を浮かべる涼太に、僕は問いかける。分からない、と首を振る哀れな涼太の掌をもう一度叩いてから、潤んで濃さを増した琥珀色の双眸を見つめ返した。

「お前は何度言い聞かせても、顔も見たことのないような輩に付いて行くだろう。それは涼太にとって、とても危険なことだ。こんな鞭打ちだけでは足りないほど、痛くてひどいことをされてしまう」

シルクのように滑らかな白い掌に走った鮮やかな赤い線を指でなぞれば、涼太が大きく肩を揺らす。その拍子に、目尻に溜まっていた大粒の滴がぽとりと落ちた。
これ以上痛い目に会いたくなければ、今までを反省し、これからは警戒心を持って行動すべきだ。

「分かったね、涼太」

「はいっス。……もう誰にも付いていかない、痛いのは嫌っス」

ごめんなさい、と謝る涼太の柔らかな頬に手を添えて、僕と視線が合うように上向かせる。赤くなった目元を撫で、もう面倒が起きないことを確信してから、ゆっくりと子供に言い聞かせるように言葉を紡いだ。

「お前は、僕の言うことだけ聞いていればいい」




- - - - - - - - - -
多分にトーマの心臓に影響されてる。



2012.09.30.

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -