手放したくないもの |
すらりと伸びた足は白くて傷一つなく、絹のような滑らかさであろうと容易に想像出来た。女のように分かりやすくふっくらと柔らかくなるわけではないけれど、出会った頃に比べると格段に健康的になった肢体は、それがまた年相応の色気を醸し出している。陽に当たってはいるが焼けにくいのだろう白い肌は、蒸気すると薄らと色づいて美しい。こんな少年が町にいたら、好色爺どもが喜んで手を出すだろう。 たった一年ばかりであるが蝶よ花よと育てられた黄瀬は、綺麗に成長した。町を歩けば誰もが一度は振り返る。女でないのが惜しいと思う者もいたし、男であるからいいのだと囁く者もいた。 きっと成長を止めるには今が一番良い時だろう、と青峰は思っている。あと幾月も経たないうちに、赤司が喰らってしまうだろうと確信していた。 紫原と共に帰って来た黄瀬は、難しい顔をしていた。いつもは喜んで、座敷にいる皆に町にはこんな珍しいものがあって、これが面白かった、と報告してくるはずなのに、今日は何かを考える風に眉根を少しだけ下げている。 迷うように、緑間、黒子、青峰の順に顔を見て、少しだけ逡巡してから縁側に腰掛けていた青峰の方に歩み寄って来た。 「ねぇ、青峰っち」 傍らに膝をついてこちらを見上げて来る黄瀬の、光色の瞳にはゆらゆらと困惑のようなものが浮かんでいる。緑間や黒子ではなく青峰を選んだということは、黄瀬はきっと誤魔化しのない事実だけを欲しているのだろう。 「青峰っちは、川蝉っスよね」 問いかけではなく、確認だ。黄瀬のその言葉に、あぁ、と一言青峰が頷く様を、紫原、黒子、緑間がどこか不安そうに見守っている。 「黒子っちは山椒魚で、紫原っちは藤で、緑間っちは翡翠だよね」 「そうだな」 「征十郎さんは龍神様で、」 そこまで言うと、黄瀬は大きく息を吸い込んだ。 「俺は、人間、でしょう?」 分からないの、と黄瀬は言う。人間と、そうでないものが結婚出来ないというのなら、何故己は赤司と結婚できたのか、と。 紫原に訊いても分からないと言われた。緑間や黒子に尋ねてみても同じ言葉が返ってくる気がして、だから青峰に問うたのだ。青峰ならばきっと、黄瀬が不安に思っていることを答えてくれる気がしたから。 「……黄瀬は人間だ」 人間であるという言葉を欲しがっているのを何よりも雄弁に語る綺麗な色の瞳を裏切るわけにはいかなくて、青峰はそう口にした。 間違ってはいない、真実だ。黄瀬はまだ、人間だ。 「人間と、そうでないものが結婚するなんて話はいくらでもある。お前が知らないだけじゃねーの」 目に見えてホッとした顔をする黄瀬にいくらか安堵する。だけれどこのまま、黄瀬自身が人間であるということに満足してもらっては困るので青峰は言葉を続けた。 赤司は黄瀬を永久に傍におくつもりだ。青峰としても、黄瀬が近くにいた方が楽しい。常に光が降り注いでいるような明るさは、黄瀬がここに来る前にはなかったものだ。今更それがなくなってしまうなど、考えられなかった。 「黄瀬は人だから年を取る。だけど俺たちは人じゃねぇから年を取らない、赤司もな。何年も何十年も、ずっとこのままだ」 消えたばかりの不安が、黄瀬の双眸に宿る。うまく言葉に出来ない寂しさを感じたのだろう、青峰の着物の袖を黄瀬の白い手が無意識にぎゅっと握り込んだ。 「青峰君」 咎めるような響きを纏わせて、黒子が青峰を呼んだ。無闇に幼い子供を怖がらせるものではない、と言葉よりも強く主張している水色の目を見て、青峰は肩を竦める。緑間も眉間に皺を寄せているし、紫原は食べようとしていたお菓子をぼろぼろと床に零していた。 皆が皆、気にしていたのだ。黄瀬が人のままでいたいと願ったらどうするか、そのときの赤司の反応はどうなるのか。そして、皆が同じことを思っている。黄瀬のいない、以前のような生活に戻ることはとても寂しくて味気ないのだということを。 → |