Pomme d'Amour




「みーどりまっち!」

甘さを帯びる間延びした発音と奇妙な呼び方に、輝かんばかりの金色の男を思い浮かべながら緑間はゆっくりと振り返った。とんとんと叩かれた左肩越しに、控えめな街灯の下でも眩しい金髪をした黄瀬が白い息を吐き出して笑っていた。黄瀬、と緑間の口から声が漏れる。

「久しぶりっスねぇ。部活終わりっスか?」

ちょくちょくメールをしているではないかと思いながらも確かに顔を見るのは久しぶりだったので、緑間は右肩にかけたエナメルバッグを担ぎ直しながら、あぁ、と短く頷いた。

「うちは今試験前で部活出来ないんスよ。早くテスト終わんないかなぁ」

大げさにうんざりというリアクションを取る黄瀬の手を見る。教科書が詰まっているのだろう鞄が肩に掛かっているのを除いては、何も荷物はない状態だ。緑間は首を傾げた。
去年の今日、両手に大きな紙袋を提げた黄瀬が面倒くさそうに校門を出て行くのを見た記憶がある。一昨年は確か、紫原にべったりと肩に体重をかけられながらラッピングされた箱を一つずつ確かめていたのではなかったか。
2月14日。どこにいても甘いチョコレートの匂いがしそうな錯覚を覚える日である。高尾も学年問わず色んな女子から貰っていたし、緑間のエナメルバッグの中にもそう多くはないがいくつかの丁寧に包装された小箱が納まっている。そんな今日、黄瀬涼太が学校指定の鞄を除いて手ぶらなのはおかしくないだろうか。
訝しげな緑間の視線に気づいたのか、黄瀬はきょとんと緑間を見上げて尋ねた。

「どうしたの、緑間っち」

「……今日は、何も貰わなかったのか」

ぱちりと音がしそうなほどに大きく一回瞬いて、黄瀬は合点がいったように苦笑した。

「あんまり大荷物になっちゃって家に持ち込むのも大変だから、マネージャーに海常まで迎えに来てもらって事務所に置かせてもらったっス」

緑間っちは貰ったの、という問いに曖昧な返事をする。
一人のときよりも歩みが遅いことには気付いていた。黄瀬のいる左側が触れてもいないのに暖かいような錯覚を覚える。つらつらと耳触りの良い声で日常がどうのこうのの話をしている黄瀬を横目で見ると、緑間は視線を前に向けた。三つ先の交差点で、黄瀬との帰り路は分かれることになる。
中学の時は、よくこうやって帰っていた。お互いの家が思いの外近くにあることを知り、もしかしたら青峰っちや桃っちみたいに幼馴染だった可能性もあったかもね、と笑った黄瀬に、お前のように手間のかかる幼馴染は嫌なのだよ、と返したこともあった。いつもの見慣れた道が、こうして隣に黄瀬がいるだけで途端に懐かしいものへと変化する。

「緑間っち」

柔らかく呼ばれた己の名にはたと足を止めれば、さっきまで先の方に見えていたはずの交差点であった。隣から正面に移動した黄瀬が、コートのポケットからおもむろに何かを取り出して近付けた。かさり、と唇に乾いたものが触れる。
見づらい位置にあるそれを黄瀬の手ごと取って視界に収めて見れば、透明なセロファンで包まれたリンゴ飴だった。通常のものより幾分か小ぶりに見える、真っ赤なリンゴ飴。夏祭りの夜店というイメージのあるそれが、指先も凍える二月の夜に登場するとは思わなかった。
顔を顰める緑間に笑ってみせて、これあげる、と黄瀬は歌うように告げる。

「何だ、これは」

「ポム・ダムールっていうんスよ、フランス語で」

己の手を掴んだ緑間の手からそっと逃れて、その手にリンゴ飴の串をしっかりと握らせると、黄瀬は背中を見せた。
それじゃ、またね、緑間っち。別れ際の言葉は、常のそれよりもチョコレートのようにまろやかな甘さを含んで蕩けそうな響きをしている。



答えを与えられなかったもどかしさに眉間に皺を寄せながらリンゴ飴を手にして帰宅した緑間を、彼の母親が出迎えてあらまぁと口元に手を添え微笑んだ。男性陣のために用意してあるのだろうチョコレートの仄かな匂いがする玄関で、彼女は息子の欲しかった答えを口にする。“愛のリンゴ”なんて、意味深ね。



黄瀬涼太が緑間に与えたのは、目を瞠るような紅いポム・ダムールである。リンゴの形をしたそれは、黄瀬の愛をしっかりと抱え込んでいるのだ。



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Happy Valentine !

2014.02.14.

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