※数年後設定。


好意を抱いていることは自覚していた。それが like か love なのか判断するのを避けていただけだ。
可愛い後輩だった。大事なエースでもあった。卒業後も何だかんだとこまめに連絡をくれるから、学生時代の印象はそのままに付き合う長さだけが増えていく。
他人からは『芸能人』と『一般人』で区別される立場にあるというのに、奢りもなく接してくる黄瀬涼太に好意を抱かない方がおかしいのだ。



そうね世界にはふたりだけ




それはたまたまだった。美味しい和菓子屋があるという情報をくれた黄瀬は、ちょうど仕事が終わったところだという。マネージャーがいないからタクシーを拾って帰るというのを、ちょうど近くにいるから迎えに行ってやるよと引き留めた。実際車で五分くらいの近場にいて、黄瀬の家と森山の帰宅する方向がほぼ同じだったので出た提案だ。
赤から青に変わった信号に、緩やかにアクセルを踏みこんで真っ直ぐ進む。スタジオがいくつか並ぶ通りに差しかかれば、電話口で指定された建物の暗がりに人がいるのが見えた。
ゆっくりと歩道に車を寄せる。それに気付いた人影が明るくは無い外灯の中、森山の愛車に近付いて来て遠慮がちに助手席のドアを開いた。

「お邪魔します」

と言って車内に体を滑り込ませた黄瀬は、目立つ金色の髪を隠していた帽子を取った。伊達眼鏡もマスクも取り払って鞄にしまうのを横目に見ながら、森山はウィンカーをつけて車道へと進路を戻す。
落ち着かなげにきょろきょろと車の中を一通り見渡した黄瀬が、ホッと息を吐いて口を開いた。

「良い車っスね。スペースも十分にあって窮屈な感じもないし」

「乗りやすさ重視で選んだからな。イケメンに褒められて、こいつも喜んでるよ」

車内の会話は淡々と弾む。黄瀬の話に森山が相槌を打ち時に冗談を挟むと、軽い笑いも漏れる。思いだしたように間に挟まるのはカーナビの音声だけで、それが居心地の良いような邪魔に感じられるような不思議な気分を味わいながら、森山はハンドルを握っていた。
助手席に人を乗せているだけで、運転は随分と安全なものになる。法定速度内の速さで右折左折も必要以上に気を配っている分、一人でいるときよりも時間はかかっているはずなのに、それを感じさせなくらいの短い時間だけで目的地に到着しようとしていた。
緩やかにブレーキを踏んで、黄瀬のマンションを少しだけ過ぎたところで車を停める。街灯と街灯の間の少しだけ暗くなる場所に停車したのは、通行人に車から降りる黄瀬が芸能人だと気付かれないようにと気遣ってのことだった。

「送ってくれてありがとうございました。また今度、遊べる日あったら教えてくださいっス」

森山よりいくらも忙しいだろうに、学生時代のようにこちらの都合を聞く黄瀬に向かって微笑むと、森山はハンドルに両手を乗せて見送る姿勢を作った。
黄瀬がシートベルトを外す。鞄を手にし、ドアのロックを解除する。そのカチャリという聞き慣れた音が引き金となったように、帰したくない、という感情が湧いた。
ドアノブにかかる黄瀬の手がそれを引ききる前に、自分側にあったボタンで助手席のドアをロックするよう操作した。ロックを解除したのにまた鍵を掛けられたことに首を傾げながら、黄瀬が振り向く。

「森山せんぱ、」

『い』という音は、森山の唇が塞いだせいで声にならなかった。
助手席にまで身を乗り出して黄瀬の唇を奪った森山は、シートベルトが邪魔だなという感想を抱いている。身を守るためのそれをしたままではもちろん、助手席の相手にキスをするような体勢は苦しいばかりだ。
触れていただけの唇を離して、流れるような動作でシートベルトも外して、突然のことに固まっている黄瀬の顔を見遣る。
街灯が僅かに入って来るだけの明るさでは見づらかったが、琥珀色の目が大きく見開かれていた。近くにある黄瀬の、体温が上がったのが分かる。明るいところで見たら茹で蛸のように真っ赤になっているのだろうなと思って、森山はくすりと小さく笑った。

「え、な、森山先輩……っ! とうとう頭おかしくなったんスか!?」

口元を手で覆いながら失礼なことを喚いた黄瀬を見る。好意を抱いているという自覚はあった。それは黄瀬も同じであると確信している。
森山のはその好意が love であったのだが、黄瀬のがそうであるかは分からない。だけれど好意を抱いているのであれば、それだけで可能性はいくらでも出て来るものなのだ。
可愛い後輩、大事なエース。それにもう一つの肩書きが加わるのは、きっともうひと押しすればいいだけのこと。

「黄瀬」

森山は意識して、黄瀬の名前を低く呼んだ。肩を少しだけ揺らしてこちらを見る黄瀬の、熱いくらいに温度の高くなっている耳に伸びた髪をかけてやりながら、囁く。

「帰したくない」

その言葉を理解するまでにたっぷりの時間を要して、黄瀬は唇をぎゅっと噛み締めた。琥珀色の瞳が驚いたことによってか少しだけ潤んでいる。
森山の言葉に黄瀬がどういう答えを返したのか、それから二人がどうなったのかは、大人しく路肩に停まっていた凪いだ海色の車だけが知っていた。





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お題お借りしました:LUCY28



2014.02.13.
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