※近未来パラレル。緑黄で高→緑、緑間くんはほとんど出ない。

Bright World


空はかろうじて青い。泥水を流し込んだような海は、昔は青に緑にと美しく色を変えていたそうだが、現在では見る影もない。今、地球を覆っているのは、茶に黒に灰といった全てを塗り潰す暗い色だ。環境破壊が進むにつれて生態系は大きく崩れ、絶滅した動物よりも絶滅していない動物を数える方が早い。人間も含めた生き物の数が減少するのと比例するように、色彩も徐々に失われていった。人が生活できる場所は広大な地球の極一部にしかなく、地球の代替となる惑星を探索する計画は何年も前から続いている。

「黄瀬を頼む」

高尾の親友であり想い人でもある緑間は、そう告げると宇宙へと旅立って行った。緑間の恋人である黄瀬は体が丈夫でなく、少しずつではあるが地球の汚れた空気に当てられて弱っているのだという。医者であり研究者でもある緑間は、そんな黄瀬が長く生きることのできる惑星を探すために、荒れ果てた地球よりも暗い宇宙へと旅立ったのだった。
頼めるのはお前しかいない、と言われてしまえば高尾に断る術はなかったが、だからといって黄瀬の面倒を看たいとも思わなかった。高尾と黄瀬は友人というわけではないし、高尾の片恋相手の恋人ともなれば恋敵だ。ますます世話などしたくはない。一日に一回、不純物の混じっていない綺麗な水を呑まないと死んでしまう、というのだから、どうしようもなく厄介だ。
そう思いながらも、高尾は少ない荷物を持ち緑間と黄瀬の家へと辿り着いた。白いドーム型の建物はそれほど大きくはない。屋根には少しでも太陽光を利用しようとソーラーパネルが取り付けられている。丸い建物は水源を屋敷の中央に据えるようにして建てられていた。今ではもう綺麗な水を確保することは難しいというのに、緑間は一体黄瀬のためにいくら金をかけたのか。高尾はそうやって卑屈なことを考えてしまう自分を嗤った。そうして、自分なんかに世話されなければならない黄瀬のことをも嗤ったのだった。

「お世話になるっス、高尾くん」
「いやいや、世話になるのは俺の方だって」

高尾との暮らしが始まる日に、黄瀬はそう言って深く頭を下げた。高尾は苦く笑って手を横に振る。緑間と黄瀬だけだった空間に邪魔するのは高尾なのだ。高尾が黄瀬の立場ならば、大好きな人と作り上げた空間の中でよく知りもしない他人との共同生活を始めるなんて、真っ平御免だった。
黄瀬は美しい人間だ。陶器のように白く滑らかな肌、黄金のように輝く髪と蜂蜜を溶かしたように潤む瞳。瞬くと音がしそうなほどに長い睫毛と、薄く紅を引いたように艶々とした唇。終末に近付いている地球にこんな人間がいるはずはないと目を疑いたくなるほどの美しさだった。

「この家には客間がないから、緑間っちのベッド使ってもらうことになるんスけど」

黄瀬がそう言って、二台並んだベッドの片方を指差す。事前に緑間から説明されていたことなので高尾は動揺しなかった。高尾が使うことになるのだから当たり前だが、真っ白なシーツは皺ひとつなくベッドメイクされていて、清潔なのだと一目見ただけで分かる。それでも、緑間のベッドだというだけで高尾の喉が鳴る。恋人同士だというのに、同じベッドで寝ないというのが緑間らしかった。

高尾は毎朝、屋敷の中庭から湧き出る水をガラスの水差しに入れ、寝室へと運ぶ。二台置かれたベッドの片方に眠っている黄瀬の枕元へと近付いて、水差しに人差し指を浸した。黄瀬の薄い唇を水で濡らした人差し指でなぞる。それを二三度繰り返せば、黄瀬がゆっくりと瞼を持ち上げておはようと微笑んだ。
黄瀬がいなければ、と高尾は何度も思った。黄瀬を殺すのは簡単だ。首を絞める必要もなければ、毒を盛ることもない。一日に一回与えている綺麗な水を与えなければいいのだ。ただ、それだけだ。それだけなのに、高尾の体はいつも自然に中庭で水を汲んでいる。恋敵を消すことよりも、親友であり片恋の相手でもある緑間の願いの方が大事だった。
白を基調とした部屋には、というかこの家には必要最低限のものしか置かれていない。高尾はこの家に来てすぐ、無粋だと思いながら家探しをしたけれど、セックスを盛り上げるような玩具はもちろん、ローションや避妊具さえも見つけることが出来なかった。おかしいな、と思う。緑間と黄瀬は付き合って何年にもなるはずで、一度も体を合わせていないというのは不自然に感じられた。黄瀬の体が弱いのだとしても、セックスしたくらいで死ぬわけはないのだ。医者である緑間ならなおさら、そのことは分かっているだろう。黄瀬の浮き出た鎖骨や、シャツがずれて見える腹を見て、緑間はどんな風にそこに触れたのだろうと想像してしまう自分が滑稽だった。黄瀬といると己の嫌な面ばかりが目について、それがまた高尾が黄瀬を苦手な理由でもあった。
高尾は、栄養剤だけの食事は味気なくて嫌いだ。だから簡素なキッチンを借りて、貴重な野菜を節約しながら使って食事をしている。黄瀬はそれが物珍しいようで、幼い子供のように高尾の隣に来ては邪魔にならないように調理過程を覗き込んでいた。あまりにきらきらとした目で見てくるので、高尾は黄瀬の分もスープをよそってやる。黄瀬は丁寧にスプーンを差し込んで、少しばかり掬ったスープを口に運んだ。ゆっくりと嚥下して、その様子を見ていた高尾に向かって微笑む。

「これ、すごく美味しい。高尾くん料理上手いんスね」

手放しに褒めるものだから、高尾はそうかと頷くことしか出来なかった。嬉しそうに、まるで宝物のようにゆっくりと食べ進めていく黄瀬を見る。憎かったはずなのに、幼い子供に抱くような甘い想いが胸に滲んでいる。頭の中でぐるぐると気持ちがこんがらがって絡まっているようだ。高尾くん、と黄瀬が呼ぶ。どうしたの、食べないの。そう問う黄瀬の薄い唇が艶々とスープで濡れている。

緑間が旅立ってからどのくらい経っただろうか。高尾は毎日毎日同じことを繰り返していた。黄瀬の唇を水で湿らせて、スープを作って、本を読んだり絵を描いてみたり。家の外へ出ることはほとんどなかった。扉の開閉だけで外の汚染された空気が室内に入ってきてしまうし、外出した高尾に付着したものが黄瀬の身体に障るかもしれない。そもそも、外に出たところで、あるのは枯れ果てた木々と荒れた大地と、何もかもを飲み込んでしまいそうな暗い色の海ばかりだ。それよりは家の中にいて、唯一綺麗な水を吐き出す泉とその周りに人工的に作られたささやかな庭を観察している方がいくらも癒されるように思える。
両手では数え切れないくらい黄瀬の唇を水で湿らせ、何杯目になるかも分からない質素なスープが黄瀬の口に飲み込まれていったとき、高尾は確かに愛しさのようなものを覚えた。スープで艶々と潤いを増した唇が、いつものようにごちそうさまと呟いて、黄瀬はお手本のように美しい微笑みを浮かべる。あぁ、絆されている。高尾はそう自覚した。黄瀬と暮らしてみれば、緑間が黄瀬を愛するのも当然のように思えてくる。

「ねぇ、黄瀬くん。真ちゃんのどこが好きなの?」

わざと緑間の名前を呼んで問いかけたその真意にも気付かず、黄瀬はつらつらと緑間の好きなところを並べ立てた。高尾の耳は黄瀬の声だけを拾っている。甘い声だ。蜂蜜を溶かしたミルクのように、優しいまろやかさを持って緑間っちと呼ぶ黄瀬に、心の中で勝手に白旗を上げる。黄瀬くんには叶わないなぁ、と思う。好きな人をこれだけ想っている人ならば、諦めがつくというものだ。そう結論を出すには随分と時間がかかってしまったけれど。今はどこら辺にいるかも分からない緑間に、短いメッセージを送ろうと思う。可愛い恋人いつまでも待たせんなよ、って。早く帰って来ねぇと間男になっちゃうぞ、という冗談も添えて。
それは突然に訪れた。いつものように、白い陶器によそわれた少量のスープをたっぷりと時間をかけて平らげた黄瀬が、言ったのだ。

「律儀に緑間っちとの約束守らなくてもいいんスよ」

は、と声にはならなかった息が唇から漏れ出る。正面に座る黄瀬は、いつかどこかで見た昔々の宗教画に描かれた神様のように美しく微笑みを浮かべて、高尾を見つめていた。

「高尾くん、緑間っちが好きでしょう。それなのに、俺のことわざわざ面倒看てくれるなんて物好きな人だと思ったし、もしかしたら殺されるのかもなって想像してた。でも、それもいいなって思ってたんス。これだけ汚染された星で、綺麗な水がないと生きられないなんて、そんな滑稽な話はないでしょ?」

僅かに乾いた音がするのは自分の瞬きなのだと高尾は気付く。己よりも睫毛が長い黄瀬は、どんな音を聞いているのだろう、とそんなことに意識を向けて、そうして現実逃避から失敗した。知られていた。高尾が緑間に抱いていた想いも、黄瀬に向けていた敵意も、黄瀬は全て分かっていて、それなのに慈愛に満ちた態度で高尾に接していたというのだ。その事実を反芻すると同時に、言いようのない熱さが胸の奥から手足の先まで血管を通って伝わって行く。

「この汚い地球を出て、どこか遠い美しい星で、緑間っちと暮らしてくれたらいい。俺が縛り付けたままの緑間っちを、高尾くんなら自由にしてくれると思うんスよ」

黄瀬の唇に触れるからと毎日美しく整えていた爪が手のひらに食い込むほどに、手を握り込む。ふざけるなよ、と絞り出した声は、掠れすぎて上手く音にならず、加えて瞳から溢れ出た熱い液体が一筋頬を滑り落ちていった。

「んなこと出来るわけねぇだろ……っ!」

黄瀬を知らなかった頃ならば、出会って数日しか経っていなかった頃ならば、高尾はその申し出をこれ幸いと引き受けただろう。だが、そうしてしまうには、共に過ごした時間が長くなりすぎていた。毎朝人差し指で触れる薄い唇の感触を覚えている。高尾の作った薄くて味のしないスープを、美味しいと琥珀色の瞳を細めて微笑う姿を知っている。いつしか敵意は親愛の情へと変わり、こんなに美しい人ならば緑間が惹かれるはずだと納得していたというのに。
瞳から零れる涙は頬に留まらずに顎へと伝い、そこへ慌てた黄瀬の手が伸びて来た。そういうときはハンカチか水分を拭えそうなものを渡してくれよと思う高尾の目尻を、体温の低い造り物のように綺麗な指が拭ってゆく。
頼むから、と高尾は震える声で口にした。もうそんなことは言わないでくれ。
分かったのか分かっていないのか神妙な顔をして頷く黄瀬が、歪んだ視界の片隅に映った。





それから数日、気まずさといくらか距離の縮まった空気で満たされた白い家に、遠い宇宙から連絡が入った。美しい惑星を見つけたという。綺麗な水はもちろん、昔地球がそうであったように青い海もあるらしい。緑豊かな森に、草木の芽吹く大地、生き物の種類は多種多様で、神様に彩られた楽園のようだという、緑間にしては興奮の抑えきれない報告に高尾は笑い、隣で聞いていた黄瀬は朗らかに返事をした。

「三人で一緒に見るんスから、早く迎えに来てね」

耳に入り込んで来たその甘い声に高尾は擽ったくなって視線を逸らし、通信相手の緑間は小さく息を吐き出して笑う。随分と仲良くなったのだな。その声には、十分すぎるほどの優しさと、高尾と黄瀬の関係性が予想通りのものになったことへの安堵が含まれていた。





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近未来SFパラレルを書いてみようと思ったけど、想像力が足りず無念。高黄未満で終わってしまった。


2013.11.21.

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