※帝光。黄瀬視点。

Rubeus Prophet



「黄瀬は惚れっぽいんだな」

ミニゲーム中の動きについてアドバイスをくれた後、赤司君は唐突にそう言った。
まだ一軍レギュラーになってからそう日は経っておらず、青峰っちや黒子っちに纏わりついていることの多い俺は、赤司君と話した回数は片手で足りるほどだ。キャプテンと呼ぶか赤司君と呼ぶかで迷っている俺のことなど気にする様子もなく、彼はルビーのような双眸を綺麗に細めて笑う。

「惚れっぽい?俺がっスか?」

女の子にはモテるし告白もされるけど、自分が惚れっぽいなんて感じたことはなかった。大体、“惚れた”と記憶が認識しているのは、小学二年生のときのものだ。隣の席になった、大人しい女の子。それが俺の初恋だった。
初恋なんてものは叶うはずもなく、まして当時の俺は叶えようともしなかった。間もなく、今の事務所にスカウトされたことで仕事を始めたため、誰かに惚れられることはあっても惚れる余裕はなかったように思う。
そんな俺に向かって、何もかもを見透かしたような赤司君は、惚れっぽいと言ったのだ。

「そうだよ。青峰に惚れているだろう」

断言される。違う、青峰っちは俺の憧れなのだ、と否定することはできなかった。
毎日がつまらなかったモノクロの世界に、色を付けるきっかけになったのは確かに青峰っちで。俺が模倣できないくらいのすごいプレイには、視線も何もかも惹きつけられて奪われる。
俺はバカだから憧れと恋を一緒くたにしてしまっていたのかな、なんて思うくらいには、赤司君の言葉はすとんと胸の深い所に落ちていった。





“惚れっぽい”と言われた通り、俺が青峰っちに惚れていたのは半年にも満たない期間だった。その間に、キャプテンの呼び方は赤司っちへと変わっている。

「今度は、緑間だね」

赤司っちの言葉は、魔法のように何の抵抗もなく俺に浸透していく。ああ、そうか。俺は緑間っちに惚れてるのか、って、彼に言われてようやく自覚するのだ。
赤司っちがいないと惚れたのかどうかも分からないなんて、どんだけ鈍いんだろう。





緑間っちの綺麗に弧を描いて落ちていく3Pシュートを見飽きることはなかったけれど、俺の“惚れる”という気持ちは早々に飽きてしまったようだった。
青峰っちとの1on1を終えて部室に戻った俺と、日誌を書いていたらしい赤司っちとの帰るタイミングがたまたま重なる。青峰っちと同じくらいの期間で終わった緑間っちへの恋を嗤うこともなく、赤司っちは制服の上にマフラーを巻きながら俺を見た。

「紫原だろう」

もう、その言葉だけで十分だった。
二度あることは三度ある。俺は惚れっぽいのだからしょうがない。
鼻の頭をマフラーの中に埋めながら、紫原っちかぁ、と呟く俺の隣で赤司っちがどんな表情をしていたかなんて、凍えるように冷える冬の夜の暗さの中では誰も分からないことだった。





口の中の飴がいつまでも溶けないなんてことはないように、紫原っちへの想いもいつの間にかなくなってしまったようだ。
朝練終わりに紫原っちにもらった飴をころころと口内で弄びながら昼休みの騒がしい廊下を歩いていたところ、赤司っちと擦れ違う。開け放された窓から入り込む風に赤い髪を靡かせながら、俺を見ることもなく彼は囁いた。

「黒子かな」






俺が“惚れる”のを止めてしまう前に、黒子っちは姿を消してしまった。彼のクラスに行っても見つけることは出来ず、分かるのは徹底的に避けられているということだけだ。
幽霊が出るという噂のあった第4体育館で練習している人はおらず、隅っこに膝を抱えて座る。黒子っちだけでなく、青峰っちも練習には現れない。誰もいない体育館は静かで寂しくて、いつの間にか目からぽとりと涙が落ちた。

「泣いているのか」

水色のシャツに染み込んでいく滴を見つめる俺の頭上から、声が降ってくる。

「赤司っち……」

「黒子に会えないのが辛いか?」

目線を合わせるようにしゃがみ込んだ赤司っちに、尋ねられる。黒子に惚れているから悲しいのか、と。
そうかもしれない。こんなに涙が出るのは寂しいってことだけじゃなくて、俺がまだ黒子っちに惚れているから。今までは、こんな気持ちにはならなかった。

「黒子には、もう惚れていないだろう?」

「……え?」

「お前が気付いていないだけだよ」

それなのに赤司っちの言葉は唐突だった。不思議なことに、彼が言うと何もかもがその通りに思えてしまう。
じゃあ、この涙は。俺の大好きな人たちが一緒にいないのを寂しく思う気持ちで合ってるのか、と。
赤司っちが言ったことに戸惑う思考を落ち着かせようと一度大きく瞬きをした俺を真正面から見て、最も信頼すべき赤い髪のキャプテンは口を開いた。

「俺に惚れてみないか」

ぱちり、と音がしそうなほど再び瞬く。この人は今、何を言ったのだろう。

「黄瀬は惚れっぽいだろう?今、俺に惚れることも容易いはずだ」

ルビーの赤い瞳を細めて俺を見る赤司っちは、とても整った顔立ちをしている。仕事先で何人ものモデルを見てきた俺が言うんだから、間違いない。ほんとにこの人は綺麗だなぁ。

「黄瀬?」

ぼんやりと現実逃避していた俺の顔に、赤司っちの手が伸びてきた。夏の終わりに開けたばかりの左耳のピアスを掠めるように撫でてから、その手が頬を包む。

「でも、俺、赤司っちが言ったように“惚れっぽい”んスよ?」

今までみたいに赤司っちに惚れるのすぐ終わっちゃう、と呟く俺に向かって、目の前の彼はそれはもう見惚れるくらいに美しく微笑んだ。

「俺がそう易々と、飽きさせるわけがないだろう」

赤司っちの思った以上に男らしい節ばった指が、俺の頬を滑る。

「それに、お前が惚れるのは俺で最後だ」

どういう意味だろう。疑問に思うまでもなく、赤司っちの魔法の言葉は自覚する前に胸の奥へと沁み込んでいく。
俺はただ、正面の鮮やかな緋色に目を奪われながら頷くことしか出来なかった。




2012.09.23.

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