つづきは京の都にて


あぁ、怒っている。黄瀬は半年ぶりに再会した異母弟を見て、何か悪いことをした幼子のように身を縮こまらせている。赤司が帰省するなんて知らなかった黄瀬は、つい先ほどまで自室でごろごろとしていたのだ。母親が出かけようとしたところ玄関先で赤司に会ったらしく、征十郎さんがいらっしゃったわよ、と言われて慌ててそう散らかっているわけでもない部屋を片付けて飲み物を用意した。
そのときに用意したお茶は、今はもうすっかり冷めてしまっている。久しぶりだね、と言うなり眉間に深い皺を刻んで黙ってしまった赤司に、黄瀬は何と声をかければいいか考えていた。今まで、赤司と喧嘩をしたこともない黄瀬は、こういうときどうすればいいのか分からない。黄瀬がどんなに我が儘を言っても、赤司は怒ったりしなかった。しょうがないなぁ、と、どちらが兄かも分からない大人びた顔で笑って、黄瀬の望み通りにしてくれたのに。
そう思うと、今の状況がとても大変な、それこそもう嫌われて縁を切られてしまうのではないかというくらいの大事に思えて、黄瀬の目には涙が滲んでくる。泣いてどうするのだ。涙を止めようという気持ちとは反対に、溢れて来るそれは目尻で留まってはくれずに、ぽたりと膝の上で握りしめていた拳の上に落ちて行った。

「……涼太」

赤司が、聞き慣れた声よりも幾分か低く黄瀬の名を呼ぶ。恐る恐る顔を上げた黄瀬ににじり寄って、その滑らかな頬を滑り落ちる雫をポケットから出したハンカチで拭った。そしてハンカチを傍らへと置き、手を伸ばして黄瀬の首に指を這わせる、喉仏のあたりにくっきりと刻まれたけものの歯型を忌々しげに撫でてから、赤司は口を開いた。

「気をつけろ、と言っただろう。一度や二度では、済んでいないようだね」

「……ごめんなさい」

琥珀色のたっぷりと水分を含んだ瞳が揺らいで、また涙が浮かび上がる。
泣かせたいわけではないけれど、それでも幾分か腹立たしい。喰われてしまうと分かっていながら黄瀬を一人にすることしか出来なかった己と、散々注意しておきながら容易く喰われてしまった黄瀬に対する苛立ちが腹の奥の方で燻っている。これ以上、黄瀬を赤司の手の届かないところに放っておくことは我慢出来そうになかった。父との約束は半年だったはずだ。

「僕と一緒に京都で暮らすこと。こちらの学校の転校手続きは済んでいるし、向こうの学校にも転入手続きはしてある。京都に赤司の別邸があることは知っているね。僕が今、暮らしているところだ。そこに、お前の部屋も用意させた。父はもちろん、涼太の母君の了承も得ている」

赤司の言葉に黄瀬は驚いて、いつまでも流れ続けるかと思った涙がすっかり止まってしまった。赤司とまた一緒にいられる。それはとても嬉しいことだけれど。

「でも、征十郎さん。俺、こっちの学校で友達が出来て……」

友達というか二つ年上の先輩なのだけれど。そしてその人しか仲良くしている人は出来なかったのだけれど、離れてしまうのは寂しい。
そう告白した黄瀬に、赤司はそれなら大丈夫だ、と頷いた。

「森山だろう。涼太が寂しいというのなら、彼も連れて行くことにしようか」

「連れて行くって?征十郎さん、森山先輩のこと知ってるんスか?」

首を傾げる黄瀬に、赤司は笑ってみせる。あれは僕の式神だ、と、平安からの陰陽家の血を引く男は色の異なる双眸を細めて言う。

「さぁ、涼太。出立までにはそう時間がない。京都へ行く準備をしておくんだよ」

うん、と頷く黄瀬の頬を撫でて、赤司は耳元で囁いた。優しくて甘ったるい響きを含んだ声で、彼は血の半分しか繋がらない愛しい兄に向かって告げる。

「清めは向こうへ着いてから、たっぷりと」

黄瀬がその意味を知ることになるのは、千年の都にある赤司家別邸へと辿り着いてからのことだった。



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