空色


蝉の鳴き声も街中とは落ち着いて聞こえる別荘地に、黄瀬は昨日から訪れている。夏休み暇ならどこか遊びに行かないかという森山の誘いに乗った黄瀬は、場所を提供したのだった。
避暑地として有名な土地に建てられたこの別荘は、父の持ちものである。先輩と遊びに行くから貸してほしい、と頼み込んだ黄瀬に、父はにこやかに許可を出した。異母弟以外の遊び相手が出来たことを喜んでのことだったが、黄瀬には父親の心情など分かるはずもない。
昨日は到着したのが昼過ぎで、湖でボート遊びをして森山と一緒に夕飯を作ったら、旅の疲れもあってそのまま眠ってしまった。今日は何をしようかしら、と考えていたところで、周辺を探検しようと森山が言い出したのだ。何でも、森山はこういう別荘地というのに来るのが初めてのことらしく、昨日から歩き回りたくてそわそわしていたのだと、黄瀬より二つも年が上とは思えない無邪気な顔で笑ってみせた。黄瀬もそれに頷いて、そしてちょっとした悪戯を思い付いた。黄瀬は毎年この場所に来ているから、別荘の周りがどうなっているかなど目を瞑っていても分かるくらいには詳しい。森山とはぐれたふりをして驚かそうと考えたのだ。
きょろきょろと辺りを見回している森山と少しずつ距離をとり、足音を忍ばせて道を逸れた。森山が気付かないうちに姿を隠し、先回りをして茂みから驚かすという簡単な作戦だった。

「あ」

と小さく声が出たのは、ぬかるみにはまって滑ったからだ。数日前に降った雨が窪みに溜まっていたのだろうか。足元を見ていれば避けることが出来たはずのぬかるみに気付かず黄瀬は転び、生い茂っていた草の中に倒れ込む。

「い、ったぁ」

足首を捻ってしまったかもしれない。森山を驚かさなければ、と急いで立ち上がろうとして右足に走った痛みに、黄瀬は体重を支えきれずに尻もちをついた。もう、何なんスか、と自分自身に文句を言いたくもなる。子供じみた悪戯を思い付いてしまったばっかりに、ズボンは泥で汚れてしまい足首もずきずきと痛みを主張している。
そこにすっと手が差し出された。森山かと思って顔を上げた黄瀬の目に、春の空のような色をした髪と目を持つ男が映る。

「大丈夫ですか」

「あ、ありがとうございます」

みっともないところを見られた恥ずかしさに目を伏せながら男の手を借りた。そのまま手を引いて立たせてくれるのかと思ったそれに力が加わることは無く、何故か男の冷たくて細い指が黄瀬の指に絡められている。

「あの……?」

見上げる黄瀬の目線と同じになるように屈みこんで、男は口の端を上げることで笑みを作ってみせた。清流のような澄んだ双眸が細められて、薄い唇が言葉を紡ぐ。

「これはまた、僕にはもったいないくらいの人ですね。贅沢過ぎてお腹を壊してしまいそうです」

もちろん、黄瀬は男の言っている意味が分からない。男を見つめている黄瀬は、彼の体が濡れていることに気付いた。何故今まで気付かなかったのかというくらい、頭から足先まで濡れそぼっている。いくら夏とはいってもここは避暑地であるし、そのままでは風邪をひくだろう、と黄瀬は思ったことを口にした。何の下心もないどこまでも純粋なその心配に男はますます笑みを深くして、こう言ったのだ。

「あなたが温めてくれるのでしょう」

男の手はいつの間にか、黄瀬のズボンの中へと侵入している。





「きーせ。こら、黄瀬、起きろ」

優しく両頬を引っ張られて、黄瀬はゆっくりと目を開けた。あぁ、いつかもこうして起こしてもらったなと思いながら、眉間に皺を寄せている森山の顔を見上げる。

「お前が迷子になったと思って、走り回って探したんだぞ」

「……すいませんっス」

「まぁ、見つかったから良かったけど」

森山は苦笑して、くしゃくしゃと黄瀬の頭を撫でた。その優しい手つきに目を細めていると、何かに気付いた森山が怪訝な声を上げる。

「黄瀬、水浴びでもしたのか。濡れてるぞ」

どうにも寒気がすると思った。森山が指摘した黄瀬の服はシャツどころかズボンまで、まるで水でも浴びたかのようにしとどに濡れている。








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