鉄紺


赤司が京都に行ってしまってからの日々は寂しいばかりだけれど、ただ一つだけ黄瀬にとっての楽しみがある。赤司と一緒にいた時は通ったことのなかった道を歩くことのできるのが嬉しかった。赤司にあの道を通ってみたい、とお願いしたときは何だかんだと言葉巧みに意識を逸らされてしまって、いつの間にか目的地に辿り着いているのが常だったのだ。黄瀬が通りたいという道を赤司が避けていたのだと気付くのはいつも出歩く必要がなくなってからで、その不満を口にしようとする前に赤司が黄瀬の好きな甘いキャンディをくれるので結局今までうやむやになっていた。そういうところが付け込まれ易いのだということを、黄瀬は分かっていない。
ゆっくりと散策するために、いつもより三十分早く家を出て黄瀬は初めての道を歩く。見慣れない道というのは不思議なもので、そこから見る空もいつもと同じであるはずなのにまるで異国の空のような気がするのだ。
きょろきょろと辺りを見回しながら歩を進めていた黄瀬の前に、ころころと青くて丸いものが転がって来る。毛糸玉かと思ったものは、濃い青色をした手鞠だった。
黄瀬はそれを拾い上げる。そして昔赤司と遊んだときのことを思い出して懐かしみながら、とんとんと地面に突いてみた。小気味よく跳ねる鞠に面白くなって、授業が始まるには十分時間があることもあり、小さな声で歌い出す。幼い頃に赤司と共に口ずさんだ手鞠歌を歌いながら、三回突いた鞠が空中に跳ねている間に一回転して両手に取ろうとした。簡単な動作で失敗するはずはなかったのだが、くるっと回った黄瀬の目に映り込んできたのは、青い鞠ではなく鉄紺の髪と瞳を持つ色黒の男だった。黒いジーパンに、白いシャツという格好が鍛え上げられた体によく似合っている。
優しいとは言い難い眼に見つめられて、黄瀬はえっと、と困った声を出した。こんなに近くに人がいたのに童子のように鞠で遊んでいたことが恥ずかしい。鞠もどこかへ行ってしまったし、さっさと退散しようと思い後ずさろうとした。
男の腕が伸びて来て、黄瀬の後頭部に添えられる。は、と息を吐く間もなく唇を塞がれて、黄瀬はもがいた。男の、頭を固定している手とは反対の手が、何の遠慮もなく黄瀬の制服を脱がせていく。
つい最近も似たような体験をしたことを思い出して、黄瀬はますます混乱する。ボタンを外したシャツの合間から忍びこんで来た無粋な手が胸をなでるのに、首を横に振った。近頃は変質者が多いのかもしれない。催涙スプレーとか防犯ブザーとかを常に持ち歩いていた方がいいのかな、と考える黄瀬の耳に、男が唇を付ける。

「あぁ、やっぱり美味そうだな」

そう呟かれると同時に、黄瀬は震えた。男の低い声は耳朶から入り込み脳に侵入し、腰まで響くような、とても言葉にすることの出来ない色気のあるものだったのだ。





ぱちぱちと頬に触れる感触に黄瀬は目を開けた。端正な顔がこちらを心配げに覗きこんでいる。

「もりやま、せんぱい……?」

黄瀬が反応を示したことで森山は安堵の表情を浮かべ、そうして溜息を吐いた。可愛くて可哀想な後輩を見る目はまるで保護者のような慈愛を浮かべている。

「夏になって暑いのは分かるけど、こんな場所で裸で寝るのはどうかと思うぞ。公然猥褻罪だ。後輩が犯罪者になるのは悲しいから、そういうのはお家でやりなさい」

慌てた黄瀬が確認すると、塀に寄り掛かるように座っている己の体は確かに何も身に着けていなかった。森山が憐れんでくれたのか、それとも森山が来る前からそうであったのか、かろうじて脱いだ制服が体を覆うように隠してくれている。大切なところが見えていないことだけでも幸いだといえるだろう。

「ほら、さっさと服を着ろ。遅刻するぞ」

黄瀬の方を見ずに言う森山は、制服を着直す黄瀬を待っていてくれるらしい。それに嬉しくなって慌てて下着を穿くところから始める黄瀬の体を、青い糸が一本滑り落ちて行った。








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