すべてのはじまり


「お前は、けものに魅入られやすいのだから十分に気を付けるんだよ」

同い年の異母弟である赤司にそう言われて、黄瀬は分かっているのかいないのかきょとんとして頷いた。昔から赤司は黄瀬に過保護なところがあり、買い物に行くのも学校の登下校もずっと一緒にしている。相変わらず呑気な腹違いの兄を見て、赤司は溜息を吐いた。

「今までは僕が傍にいたからどうにかなってきたけれど、高校生になったらそういうわけにもいかない。僕は京都で暮らすことになるから、何かあったからといって涼太の元に駆けつけることは難しい」

そこまで一息に言ってから、ゆっくり子供に言い聞かせるように、赤司は再び口を開いた。

「いいかい、ぼんやりとしていてはいけないよ」

黄瀬はというと一つ大きく瞬いて、だぁいじょうぶ、と微笑んだ。琥珀の双眸をとろりと揺らめかせて笑うのは、黄瀬がよく分かっていないときの癖だ。そして、何ヶ月かしか年の違わない弟であり、黄瀬より背の低い赤司を可愛らしいと思っている時の笑い方でもある。
その様子に眉間に皺を寄せ、赤司は気休めの守りを黄瀬に与えた。桃の花が織り込まれた緋色の金襴生地の中には、赤司の母の生家である神社の霊符が入っている。こんなものは何の役にも立たない、と赤司は理解していた。けものに魅入られる黄瀬自身が、現と夢との区別もつかず、けものを拒まないならば、何の意味もない。
本当は黄瀬を連れて京都に行きたい赤司であったが、父に渋られてしまった。征十郎が四六時中一緒にいたならば涼太が独り立ちできないだろう、と言うのだ。けものに喰われてしまうくらいなら独り立ちなどする必要もないし、赤司が当主を継げば生涯黄瀬を養っていくことなど難しくない。そう反論した赤司を父は呆れたように宥めて、有無を言わせぬ口調で告げた。せめて半年は、征十郎と涼太は会ってはならない、と。

「俺はお兄ちゃんだから一人でも大丈夫。征十郎さんは心配しないで、京都でも頑張ってね。でも、たまには連絡してくれないと忘れちゃうっスよ」

茶化して言う黄瀬に赤司は少しだけ笑ってみせて、足元に這い寄って来た白い靄を力いっぱいに踏みつける。霧散していったそれにも気付かず微笑んでいる兄に、赤司は深く息を吐き出すことしかできなかった。








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