※帝光。緑間視点。 |
puppy heart ミニゲームを終えてコートを出ると、仕事の関係で練習に遅刻してきた黄瀬が駆け寄って来た。きらきらと目に眩しい金色の髪を靡かせた黄瀬に、緑間っち、と呼びながら抱きつかれる。汗を拭う間もなかった。 「緑間っち良い匂いする。何かつけてるんスか?」 「何もつけていないのだよ、離れろ、汗臭くないのか?」 首筋に鼻を埋めてくる様は、犬そのものだ。最近の躾の行き届いた飼い犬よりも犬らしいのではないか。 黄瀬の飼い主になった覚えはないが、と、本来の飼い主といえるだろう黒子を探す。さっさとこの大型犬を引き渡して、顔を洗いに行きたかった。 「とても懐かれましたね」 「っ、黒子……っ!」 探し人は意外と近くにいるものだ。 隣から聞こえた声に驚きながら視線を遣れば、首にかけたタオルで汗を拭いている黒子がこちらを見上げていた。先程まで体育館の隅でバテていたが、何とか復活したらしい。 「あと、僕は黄瀬くんの教育係ですが飼い主ではありません」 そしていつの間にか、心の中を読まれている。 黒子は未だにひっついたままの黄瀬のTシャツの裾を引っ張り、魔法の言葉を口にした。赤司君が呼んでますよ、と。 その瞬間、しゃん、と音がしそうなほど背筋を伸ばして、黄瀬は気をつけの姿勢を取る。恐々と赤司のいる壁際へと振り向く黄瀬の前髪が、俺の汗で湿って額に貼りついているのに気付いて眉間に皺が寄った。よくもまぁ、汗をかいた男に抱きつけるものだな、とそう思う。 振り向いた黄瀬の視線の先では、赤司が笑みを浮かべてゆっくりと手招いていた。垂れた耳と尻尾が見えるのではないかというくらい項垂れて赤司の方へと歩いて行く黄瀬を見送りながら、隣に立っている黒子が口を開く。 「あれだけ好かれているのですから、緑間君が飼い主になってみるのも良いと思います」 俺を見上げて来るガラス玉のような目が、興味深げな色を浮かべている。あまり表情を変えない黒子にしては珍しい。この状況を面白がっているのだ。 良い観察対象が増えました、と黒子は小さく笑って、教育係の役目を果たすために黄瀬と赤司の元へと駆けて行く。残された俺はようやく、汗を流すために体育館を出ることを許されたのだった。 2012.09.10. |