※及川さんが高校三年生になった直後くらいの時期。

Sweet Tea Time


カランカランと店内に響いた軽い音に、いらっしゃいませ、と声を出してから顔を上げた矢巾は、数瞬固まった後に慌ててカウンターから出た。
店に入ってきたのはよく見知った顔で、しかしいつもの制服やユニフォーム姿じゃないことに若干の違和感を覚えながら、及川を二人掛けのテーブルへと案内する。さすがにオフの日までは岩泉と一緒にいないか、と店の外を気にする矢巾に苦笑しながら、及川は席に着いた。

「矢巾がいるなんて驚いたなぁ。ここでバイトしてるの?」

冷えた水とメニューを差し出しながら、矢巾はその問いに答える。

「違いますよ。ここ、婆ちゃんの店なんです。今日は手伝いに駆り出されてて」

部活も休みでたまには祖母孝行でもするかと手伝っていたのだけれど、まさか知り合いが来るなんて思ってもみなかった。それも、及川だ。こんな商店街の外れにあるような古くさい喫茶店じゃなくて、街の中心部にあるようなお洒落なカフェに行きそうな人なのに。メニューをゆっくりと捲る及川を見つめながら、矢巾は意外だと一人頷く。そう思っていることを岩泉に知られたなら、及川に夢を見過ぎだ、と一蹴されただろう。

「ご注文はお決まりですか」

及川の、惚れ惚れするような美しいトスを生み出す手がメニューを閉じたのを見計らって、矢巾は声をかける。それに小さく頷いてから、及川は一つ下の後輩を見上げると薄茶の双眸を少しだけ細めて、茶目っぽく微笑ってみせた。

「矢巾に任せるよ」



***



悩んだ末に矢巾が選択したのは、旬の果物を加えたフルーツティーだった。菓子は祖母が作ったティラミスがあるし、矢巾が考えるのはドリンクだけで良かったのだ。それならば、普段から淹れ慣れている紅茶を、となったのは当然のことである。冷蔵庫にケーキに使った果物がいくつか余っていたことも思い出して、ニルギリのフルーツティーにした。



ティラミスと共に運ばれてきたグラスを見て、及川は子供のように目を輝かせる。
ガラスの中に惜しげなく満たされた宝石のような果物を、煌めくオレンジ色の紅茶が閉じ込めている様は言いようもなく美しい。

「これ矢巾が淹れたの? すごく綺麗」

ひとしきりグラスを眺めた後、及川はゆっくりとストローに口をつけた。白い首に浮き出た喉仏がゆっくりと上下する様を眺めながら、矢巾は僅かに緊張した体を落ち着かせるために深呼吸をする。憧れの先輩に部活や学校とは縁の無い場所で紅茶を振るまっているという非日常に、夢でも見ているような気がした。

「矢巾」

ストローから唇を離した及川が、矢巾を呼ぶ。その整った顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。

「びっくりするくらい美味しいよ。及川さん、これ好きだなぁ」

素直な賛辞に、矢巾は頬がじわりと熱くなるのを感じる。ありがとうございます、と言ったはずの声は思いの外小さくなってしまった。
好きだなぁ、と恥ずかしがりもせず率直に褒めることが出来るというのはある種の才能で、だから及川の周りには人が集まるのだと、どんどん赤くなっていく顔を自覚しながら矢巾は思う。及川の声を反芻する。たっぷりの甘さが含まれているそれは、身内と見なされた者しか聞けないものだということを、矢巾はこの一年間で知ってしまった。

「矢巾、どうしたの。顔赤いよ?」

不思議そうに首を傾げる及川に、何でもないですと言葉を返して、矢巾はそそくさとカウンターの中へと戻る。ごゆっくりどうぞ、と言い忘れた常套句を口にする前に、フルーツティーのグラスの氷が小さな音をたてて店内に響いた。



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疲れた及川さんに矢巾ちゃんが紅茶を淹れてあげる話を書きたかったのですが、途中で迷子になりました。及川さんと矢巾ちゃんの組み合わせは、notホモで好きです。
◆矢巾ちゃん呼びでなく矢巾呼びだったので修正しました。


2013.07.27.
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