※数年後設定。 |
六色にのせて 「あの子は喜んでくれるだろうか」 愛し子を呼ぶみたいな優しい声音で呟かれた赤司の言葉は、隣に座っている桃井にしか聞こえなかったようだ。ゆっくりと瞬きをする桃井の長い睫毛が、柔らかな照明に照らされて頬へと影を落とす。 小洒落た居酒屋の個室には中学時代の部活仲間たちが集っていた。青峰や紫原は、見た目重視で量が少ないと文句を言いながらも次から次へと皿に鎮座する料理を胃の中へと収めているし、緑間と黒子は自分のペースで少しずつ摘んだ品に舌鼓を打っている。ただ一人だけいないのが眩いお日様のような黄瀬で、赤司は彼のことを“あの子”と呼んだのだ。 木目が特徴的なテーブルの上には、料理が載った皿やソフトドリンクのグラスの他に大判の写真が何枚も散らばっている。写っているのは、鮮やかに美しく盛りつけられた料理と、様々な種類のフルーツが白いクリームの上にのっているケーキ、両手に抱えきれないくらいの大きな花束。包装された箱が六つ。どれも黄瀬の誕生日のために、皆で考えて選んだものだ。 その黄瀬の誕生日が明日に迫っている。この集まりの目的は、黄瀬には秘密にしている誕生日会の最終打合せだ。 『ねぇ、ちょっと』 聴き慣れた、それでいて少しだけ違和感のある甘い声が聞こえて来て、桃井は首を巡らす。壁に嵌め込まれた液晶の中にはこの場にいない黄瀬が映っていて、道路に落ちたハンカチを拾ってヒロイン役の女優に渡すところだった。あまりに定番すぎる展開には溜息が出そうになるけれど、黄瀬をよく知っている者にしか分からないような動作のぎこちなさに桃井の唇は僅かに弧を描いた。もうそろそろ最終回が見えて来たこの連ドラは黄瀬の演技初挑戦作であり、脇役ではあるものの作中の大事な局面に必ず現れるミステリアスな人物を演じていて、それが巷でも評判になっているらしい。 今頃、黄瀬は今日のこの放送を海常の元チームメイトたちと見ているのだろう。 『今年はお前たちに譲ってやるよ』黄瀬の誕生日会を予定しているのだと告げた桃井たちに、笠松はそう言った。『俺たちは黄瀬の高校三年間分の誕生日を祝ってるわけだけど、お前らはせいぜい帝光のときの二回だろ?よく分かんねーけど色々和解したみてぇだし、しょうがねえから今年は譲ってやる。だけどその前日は、俺たちが貰うからな』そこまで一息に言い、笠松はゆっくりと“後輩の元チームメイトたち”を見渡すと、最後に、『泣かせるなよ』とそう釘を差したのだ。 まるで黄瀬が笠松たちのものであるかのような言い方にキセキの世代と呼ばれた者たちはムッとしたけれど、笠松の言ったことにも一理あると考えて喧嘩にならなかったのは精神的にも成長した証だといえる。確かに、黄瀬の誕生日をここまでちゃんと皆で揃って祝うのはこれが初めてのようなものなのだ。 「飯もケーキも食い終わってバスケでもしてやりゃ、黄瀬は喜ぶだろ」 「うん、そーだねー。ケーキは俺の手づくりだし、黄瀬ちんが喜ばなかったら捻りつぶす」 もぐもぐと口いっぱいにパスタを頬張りながら、青峰と紫原が喋る。赤司の呟きは、桃井以外にも聞こえていたらしい。 「主役を捻りつぶすのはどうかと思いますが。黄瀬くんは、きっと、喜んでくれますよ」 「黄瀬が喜ばないはずがないのだよ」 黒子に続いて、緑間も口を開く。 そうだな、と小さく口元に笑みを浮かべて赤司は頷いた。桃井もそれに応えるように笑みを零し、心の中で呟く。豪華なプレゼントなんかなくっても、きーちゃんは皆が一緒にいるだけで嬉しいはずだよ。 『大好き』 液晶の中の黄瀬の言葉につられて、六人は画面へと視線を向けた。そうして一様に同じことを思う。明日はきっと、今よりも甘く蕩けそうな声を聞けるし、お日様が光を撒き散らすような笑顔を目にすることができる。自分たちしか見ることの出来ない、目が眩んでしまうような美しい表情を見せる黄瀬を想像して、皆はそれぞれに満足気な笑みを浮かべた。 大好きだよ、あまり口にすることのない言葉を、明日は声に出してみよう。きらきらと煌めく愛しいあの子は、どんな反応を返してくれるだろうか。 - - - - - - - - - - 尻切れトンボ感がすごい。 黄瀬くんお誕生日おめでとう。 2013.06.18. |