※牛→及。牛島くん捏造

侵食する熱


背骨にそって産毛が逆立ち、胃の下の方から熱いものがじわじわと湧き出てくるような、今まで感じたことのない体験をしたのはこのときが初めてだった。
先程まで試合が行われていた熱気が未だ残っている体育館に、牛島に奇妙な感覚を味わわせている張本人が膝を突いていた。美しく整った顔をこめかみから顎にかけて汗が伝って床に落ちる。それを拭うこともせずに、ネットを挟んだ向こう側にいる少年は牛島を見ていた。牛島も彼を見つめ返す。少年から目が離せない、そう表した方が正しかった。少しばかり色の薄い長い睫毛が影を落とすその茶色の瞳には、表現しようの無い悔しさや絶望が滲んでいて牛島の体が再び震える。それは恐ろしさというよりもむしろ歓喜となって牛島を襲った。少年の膝の上で骨が白く浮かび上がるほどに握り締められている綺麗な手が、鮮やか過ぎるほどに目に焼きつくようだ。
チームメイトに呼ばれてようやく牛島が視線を外した後も、美しい少年――及川徹は未だに牛島を睨みつけていた。



牛島若利という人間は、物心つく前からバレーと共に在った。父親も母親もバレーボールの元選手という家庭に生まれ、幼い時分からすぐ傍にバレーがある生活をしていた。バレーボールしか選択肢はなかったが、その分バレーボールにおいて手に入らないものはなかった。“怪童”と呼ばれ、強豪校の白鳥沢に入学したのも息をするように当たり前のことで、まずは県内一なんて笑ってしまうくらいに身近にあるものだったのだ。
そんな牛島に、『バレー以外で気になるもの』が出来たのが中学一年生の大会でのことだ。試合に負け、床に膝を突きながらも決して牛島から目を逸らさなかった及川。胃の腑の底から少しずつ血液と共に全身を巡って行くような熱い感覚に襲われた。欲しい、とそう思ったのだ。試合で見た及川のトスはしっかりと覚えている。荒さもあるけれど綺麗なものだった。努力をしているのだろう痕跡の見える美しい手が放つ、真っ直ぐなトスを受けたいとそう思ったのだ。
それから、北川第一とは幾度となく対戦した。そのたびに牛島が勝ち、及川は負けた。試合をするたびに、及川が負ける度に、牛島は得体の知れない熱さに足の爪先から頭のてっぺんまでを震わせるはめになった。そんなところにいないで、俺の隣に来たらいい。自分でも意識していない部分で、牛島はそう思っていた。負けることなどない世界に、牛島ならば及川を連れて行ってやれるのに。




「うちに来ないのか」

牛島が挨拶以外で及川に初めて声をかけたのは、及川がベストセッター賞を受賞した後のことだった。白鳥沢は北川第一に初めて1セットをとられた。賞状を持って笑う及川があまりにも美しく見えたので、衝動的に声をかけていたのだ。白鳥沢に進学しないのか。そう問うた牛島を見て、及川は大げさなほどに柳眉を顰めて言い放つ。

「俺は青城に行くって決めてるの」

白鳥沢に行っても面白くないじゃない。俺は青城で、岩ちゃんと、その他の仲間たちと一緒に君を倒して優勝するんだから。
及川の少しばかり掠れていた声が、続けて言葉を紡いだ。せっかくのプロポーズを断っちゃってごめんね。そうして最後に意地の悪そうな表情を作ってみせて、及川は牛島のすぐ傍をチームメイトの元へと駆けて行く。それによって動かされた空気が牛島の頬を撫でた。
手に入らなかった。そう思った。今までバレーでは手に入らないような、手の届かないような、そんなものは何一つなかったというのに。たった今、及川徹は牛島の手の中に入ることもなくただそれを避けて遠ざかって行ってしまったのだった。
濃い青色のジャージを着た集団を、体ごと振り向いて目で追う。決して牛島の前では見せない表情を、仲間に対しては惜しげもなく晒して笑う及川の姿が見える。
牛島はゆっくりと口角を上げた。欲しいものは一欠片も余さず己のものにするという思いは常に牛島の頭の中にあったが、今日ほどそれを強く感じたことはない。思い通りにいかないというのは歯痒くて、それでいて面白い。
じりじりと胃の奥から生じて来た熱さが、牛島の胸を、頭を、焦がしている。



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牛島くんの本誌で詳しく描写される前に書いてやろうと思って。強い子にはみっともなく片想いしてほしい。

2013.06.08.
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