即興小説トレーニング(火黄)
(02/17 20:48)


【しあわせなさいご】
※お題:淡い関係(パラレル、死ネタ)

「ありがとう」

火神の好きな甘い甘い声で黄瀬はそう言って、頬に添えられた大きな手にすり寄った。
火神の手に触れる黄瀬の頬はひやりと冷たくて、昨日街を一面に染めた新雪よりも白いのではないかと思える。だんだんと小さく細くなっていく呼吸になすすべもなく、火神はただ黄瀬のお日様のような色をした睫毛を親指でなぞった。



肉親でも幼馴染でもなく、火神と黄瀬は全くの他人である。知り合ったのもついひと月ほど前のことだ。有り金が尽き、飲まず食わずで三日を過ごした火神が、煙突から漏れてくる美味しそうな匂いに我慢できずに押し入ったのが黄瀬の家だったのだ。
突然の侵入者に驚きながらも、黄瀬は柔らかく微笑んで火神に焼き立てのパンとシチューを差し出した。ふかふかのパンに齧りつき、ごろごろと色々な野菜の浮かぶシチューを飲み込むように胃の中へと入れていく火神を見ながら、黄瀬はシチューに浸したパンを一口だけ口に含んだだけだった。

「それだけでいいのか?」

髪の毛と同じお日様色の瞳を蕩けさせて興味深げに見つめてくる黄瀬に向かって、火神は尋ねる。やっと腹も膨れてきて、少しだけ落ち着いたのだった。首を傾げながら問うてくる濃い血の色を髪と瞳に持つ男へと、黄瀬は応えを返す。

「いいんスよ」

その甘い声に火神は目を見張った。今までに聞いたこともない、砂糖のように甘い甘い声だったのだ。耳にしっかりとこびりついて離れないような、それは火神にとって初めての感覚で衝撃だった。
空いている皿を洗い場へと持って行く黄瀬は、足でも悪いのかふらふらとどこか頼りない。服の上からでも分かる痩せた体、細い首。じぃっと見つめる火神にも気付かずにゆっくりと皿を洗い始める姿を見ていたら、言葉が勝手に火神の口から飛び出てしまった。

「なぁ、しばらくここにいてもいいか」



勝手に家に押し入って来て食料を奪い、あまつさえ居候を申し出た火神を、黄瀬は厚かましいと文句も言わずにすんなりと受け入れた。良かった、と黄瀬は言う。もうすぐこの家、無人になっちゃうとこだったから。どういうことだと問う火神には答えずに、黄瀬はただ柔らかく笑っているだけだ。
薪割り、畑の世話、食事の用意、掃除、洗濯。できるだけの仕事を火神は請け負った。問うたびに誤魔化されるが、明らかに身体が弱いのだろう黄瀬には負担をかけるべきではないと考えたからだった。
畑を耕す火神を黄瀬は家の窓から覗いていて、目が合えばゆるりと瞳を細めて手を振る。同じ食卓につき、同じ料理を食べる。美味しい、とその甘い声で言われるだけで火神には十分だった。火神の有り金が尽きたことも、押し入った家が黄瀬のものだったことも、全て神の導きではないかと思って、幾度も感謝した。黄瀬と巡り合わせてくれてありがとうございます。とうの昔に捨てたはずの信仰心を持ち出して、神に願う。できることなら、これからもずっと、黄瀬と共に暮らせますように。
一緒にいるだけで十分だった。それ以上のことなど考えたこともない、子供みたいに淡い関係だった。



ごめんね、と黄瀬が火神に謝ったのは、重く垂れこめた灰色の雲が空一面を覆った日のことだ。そろそろ雪も降り始めそうだな、と呟いた火神の後ろで大きな音がして、驚いた火神がかけつけると黄瀬がそこに倒れていた。寝台へと運んだ火神に、黄瀬は伏せていた瞼の下からお日様色の瞳を覗かせて言う。

「もうすぐ死んじゃうんスよ。黙っててごめんね」

治らない病気なのだと告げられた。戸惑う火神の頬を、ゆっくりと持ち上げた手で存在を確かめるように触れながら黄瀬は言う。泣かないで、火神。赤色の瞳から透明すぎる雫が落ちて、黄瀬の白すぎる手を濡らしている。



黄瀬が予想していた通り、しんしんと降り積もる雪に紛れて死神はやってきたようだった。
ねぇ、火神。最後にお願いがあるの。そう言われて断れるはずもない。黄瀬よりも消え入りそうな声で先を促す火神を見つめて微笑みながら、薄い唇を動かして黄瀬は願った。

「俺を殺してくれないスか」

黄瀬の頬に添えていた火神の手が、白く細い首へと導かれる。
ねぇ、お願い。火神の大好きな、きっといつまでたっても耳から離れてくれそうにない甘い声で言われてしまえば、もう頷くしかなかった。
火神の両手が首に添えられるのに、どこか気持ちよさそうに両の目を細めながら黄瀬は言う。

「ありがとう、かがみ」

出会った時からあんたに殺されたかったんだ。思った言葉は口にはせずに、黄瀬は目に焼き付ける。火神の綺麗な赤い瞳から、とても美しい雫がぽとりと落ちてゆくのを。
 




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