どこかのおとぎ話(高黄)
(02/17 20:39)


【注意】
・パラレル
・地球全体が一つの国家


【自宅にて】
歴史書を開いても、絵本を見ても、一番最初に語られるのは、この国のお姫様のお話。
とてもとても広くて堅牢な王宮の奥深く、王様でも立ち入れないような深部には、何十年も何百年も生きている綺麗なお姫様が暮らしている。年も取らずにいつまでも美しいまま、お日様のような光色の髪を持つそのお姫様は、世界中の金銀財宝よりも高貴で、この国を統べる王様よりも大切な存在だ。
全国民が知っているお姫様のお話はここまで。
王宮の一部の者たちだけが、このお話の続きを知っている。
誰よりも美しくて誰よりも大切にされねばならないお姫様は、十数年前に王宮から忽然と姿を消してしまったこと。
――今でもまだ、お姫様の消息は掴めていない。



◇◆◇



テレビの中のアナウンサーが七時を告げるのをその広い視界で確認してから、高尾はリビングを出るとすぐ右側にある部屋の扉を開けた。布団がまだこんもりと盛り上がっているのに頬を緩めながら、枕元に近付いて金色の髪から覗く形の良い耳に唇を寄せる。

「起きる時間だよ、お姫サマ」

高尾の囁きにびくっと肩を揺らして、今まで布団の中の住人と化していた人物はガバリと音を立てて勢いよく起き上がった。頬を膨らませている、何かが気に入らないようだ。

「その“お姫サマ”ってのやめてよ。和成がそう呼ぶから、クラスでのあだ名がそれで浸透しちゃったじゃん」

シーツの上に起き上がったはいいが立ち上がる気配のない黄瀬に、高尾は小さく笑みを漏らす。聞き分けのない子供に向かってするような表情に、黄瀬はますます拗ねた。

「お姫サマはお姫サマでしょ〜?俺がいないと、着替えもできないし、料理も作れないし、一人でも眠れないじゃない」

高尾の言葉に、黄瀬はようやく立ち上がる。悔しそうに頬を染めてドアへと向かいながら、負けず嫌いの彼は反論するため口を開いた。

「…着替えは一人で出来るし、料理は火神っちに教えてもらうって約束したっス!」

だから高尾の言うように何にも出来ないお姫サマじゃないのだと、そう主張しようとしたのだけれど、それは叶わなかった。
ダン、と壁に押し付けられた背中の衝撃に眉を寄せる黄瀬を見て、高尾が笑う。ただ、その光によって色を変えるスカイグレイの瞳は笑っていなかった。

「俺、言ったよね?一般人との距離の取り方を間違えるな、って。火神に危害を加えられたらどうする?」

「火神っちはそんなこと…っ」

「可能性がゼロとは言い切れない。涼ちゃんが信じていいのは、俺だけだよ」

息を呑む黄瀬から離れて、高尾は部屋から出て行く。
早くしないと遅刻しちゃうよ、と残された声は、いつも通りにちゃんと優しかった。


【学校にて】

「何か朝から疲れてんな?」

黄瀬が教室の席に着いた途端、前に座っていた火神に尋ねられて、そうなんスよ、と溜息と共に答える。朝食か間食かは分からないが惣菜パンをもぐもぐと頬張る火神を見て、心が癒されていくのを感じた。



黄瀬は、この国の何よりも大事な宝物であったお姫様の一人息子である。王宮を抜けだしたお姫様は、王都で知り合った名前も分からぬ男と恋に落ち身籠って、そのまま極東のこの日本まで辿り着いたらしい。
子供が五歳になるまでを一緒に暮らした彼女は、その後は行方知れず。たった一人の息子を、信頼のおける緑間家と、どこから連れて来たのか分からない高尾和成という子供に任せて、彼女は姿を消した。
緑間家は経済的援助と情報操作を担い、高尾は黄瀬のボディガードとしての役目を務めている。緑間家には感謝しているし、高尾にも同じように思っている。
だけれど、高尾の言うことは厳しすぎると感じるのだ。この広い世の中、信じられるのがお互いだけなんてそんなの寂しいじゃないか。

「疲れてんなら無理すんなよ」

机に突っ伏していた黄瀬の頭を火神の大きい手が撫でる。優しくて安心するその手に、黄瀬は小さく微笑んだ。


【どこかの路地にて】
息を切らす黄瀬の目に映るのは、黒の軍服をかっちりと着こなしたオッドアイの人物だった。軍帽から見える髪の毛は赤い。
こちらを向く銃口が、光を反射した。

「黄瀬涼太。“姫”の息子だね?」

問いかけているのにそれはほぼ断定だった。
どうすることも出来ずに後ずさりながら、黄瀬は高尾に謝る。
我が儘ばっかりでごめんなさい。約束も守れなくてごめんなさい。今まで守ってくれてありがとう。
短時間でそれだけを思って、黄瀬は後退を遮った壁に諦めたように背中を預けた。

「聞き分けのいい子は好きだよ」

オッドアイの瞳が綺麗に細まった瞬間、鋭い音が辺りに響いて今まで黄瀬の方を向いていた銃が遠くへと転がっていく。

「俺のお姫サマに勝手に手ぇ出さないでくれる?」

黄瀬の目の前に現れた高尾は、背後に黄瀬を庇うようにして二人の間に立った。

「赤司征十郎。国軍大佐であるが、秘密裏に王制廃止のクーデターを企てる。数人の共謀者を得たあんたは、手始めに国の宝である“お姫様”とそれに関する者を捕縛あるいは抹殺しようとした」

「…お見事。その通りだ」

武器を一つ使えなくされたにも関わらず涼しい顔の赤司と対する高尾も、同じように余裕のある笑みを見せる。

「俺だけの“宝物”をそう易々と他人に渡すほど、俺も甘くねーんだわ」





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