「まず医学的な見解をさせてもらうと、DVを直すには相当の覚悟が必要なんだ」
「…」
覚悟、というとつまり臨也に暴力をふらないということを自分の中で決め、それを絶対的に守るということだろうか。新羅はさらに語る。
「一般的にDVは専門的に治療しないと治らないものなんだ。一種の精神病だからね」
新羅の眼鏡が光の加減で目に影をつくる。それのせいで俺の心にもひやりとした何かが広がる。
「けれどそれでも自分の力で治すというのなら聞くけど」
新羅は問う。
「静雄はもう二度と臨也に殴らない、って誓えるかい?」
ああ、と答えようとした。でも次の瞬間、今までのことが頭の中をよぎった。
俺はいつも自分で臨也を二度と殴らない、と心に決めていたはずだ。けれどその自分で決めた戒めを簡単に自分で破ってしまって、そして臨也を殴っていた。殴るたびに強い後悔に襲われて、そのたびに自分を強く戒めて。これの繰り返しだった。そんな俺が他人に問われてそれに簡単に答えるだけで暴力を抑えることなどできるのだろうか。
「…なあ新羅」
「ん?」
「俺が暴力を抑えるなんて出来ると思うか」
「、静雄」
「何度も臨也に暴力をふるって何度も後悔して、でも暴力がやめられない俺に暴力を抑えるなんて出来るのか」
俺は頭を抱えるようにうつむいて言った。
「俺が臨也のそばにいればまた同じことの繰り返しな気がするんだ」
臨也を守ろうとしても臨也を傷つけるのは他でもなく俺で。そんな俺が臨也のそばにいたらまた同じことを繰り返してしまう。
「それになんで臨也は俺のそばから離れていかなかったんだろうな…」
ポツリと呟く。
臨也は辛かったはずだ。苦しかったはずだ。本来守ってくれるはずの恋人に傷つけられ、体だけではなく心も傷つけられはずだ。それこそ他人が思っているよりももっともっと深い傷だろう。
だからこそ分からなかった。俺のことなんか捨てればよかったのに。そうすればこんな長い間臨也を苦しめることもなかった。こんなに追いつめてしまうこともなかった。こんなに傷つけてしまうこともなかったのに。
そっと目を伏せた俺に新羅は言った。
「僕は逆だと思う」
「どういう、」
新羅の言ったことの意味が分からず問い返すと新羅はフッと笑って言った。
「臨也のそばには静雄がいなきゃだめだと思うな」
「…俺が?」
「というより臨也が静雄のそばを離れたくないって思っている気がする」
新羅の言葉にどう返していいのか分からず思わず口をつぐむ。どういうことだ、と頭が混乱する。俺は臨也には暴力をふるうだけで臨也を喜ばしてやれたことなんてない。そんな俺に愛情を感じるわけないだろうに。
考え込んで黙っていた俺に新羅は指をスッと指した。
「まあ詳しいことは本人から聞きなよ」
新羅の指は俺の後ろ、つまりベッドを指さしていた。その手に導かれるように俺はゆっくり後ろを振り向く。
――――そこには。
「臨也…」
てっきり寝ていると思っていた臨也は上半身だけを起こし、こちらを見ていた。いつから話を聞いていたのだろう、複雑な気持ちでいると臨也は口を開いた。
「静、ちゃん」
かすれた臨也の声を聞いたのと同時に、新羅が部屋から出ていくドアの閉まる音がした。
静雄と臨也を部屋に残した新羅はセルティの部屋にいた。セルティは自分が聞いてはいけない話ということを察して部屋を出たはずなのに、やはり二人のことが気になるのか心配そうにパソコンに文字を打ち込む。
『臨也と静雄を二人にして大丈夫か?』
「さあ」
セルティの問いに新羅はあっさりと答える。ほんとに大丈夫か、とパソコンに打ち込もうとしたセルティの手を新羅はパッと押さえた。
「絶対大丈夫とは言いきれないけどね。でも中学から付き合いがある静雄のことを僕は信じたい。それぐらいしか僕にはできないからね」
『新羅』
「だって友達には幸せになってほしいじゃないか」
そう呟くと新羅は儚げに笑い、静雄と臨也を残した部屋を見つめた。