「あら、あなた女でもいたの?」

家に帰ってきてただいま、と言うとおかえりよりも先に波江が言った。普通ただいまって言ったらおかえりって言うのが常識だろと思いながら、え?と波江に聞き返した。

「だからあなた女いたのね、って」

「は?なんで?」

「そんな跡つけてきてよく言うわ」

そう言って波江は自分の首の付け根あたりをトントンと人差し指で叩いた。まさか、と思って反射的にバッと首の付け根を隠す。自分で確認しようにも確認できないのがもどかしい。くそ、ちゃんと鏡で見たらよかった。そう思いながら波江に問う。

「…赤くなってる?」

「赤くなってるなんてもんじゃないわ。あなたよくそんな首元開いてるTシャツ着て街歩けたわね」

「丸見え?何か分かる?」

「分かるわよ。気をつけなさい、素敵に無敵な情報屋に変な噂が流れるわよ」

まったく呆れるわ、と言ってまた作業に戻る波江。嘘だろ、とちゃんと自分の姿を確認しないで街を歩いた自分を恨めしく思う。そしてこの跡をつけた張本人を恨んだ。

「ちょっと出かけてくるよ」

「女連れ込むなら部屋入る前に連絡いれなさい」

連れ込まないよ、と言いながら玄関に向かう。波江は少し黙るとまた口を開いた。

「平和島静雄に会いにいくなら、ちゃんと首元隠していきなさいよ」

は、と固まる。静ちゃんに会いに行くなんて一言も言ってないし、と絶句した。

「なんで、」

「はったりよ」

「…はったり?」

「女の臭いがしないからてきとうにかまかけてみたら大当たりね」

新宿一の情報屋にかまをかけて大当たりしたのに表情を変えずに言う波江。しかも作業しながら。パソコンの画面を見つめながら淡々と動く唇。その様子に、これはやられたと思いながら深くため息をついてドアノブに手をかけた。

「いってらっしゃい」

「…いってきます」

なんだこの女は。鋭すぎる。厄介な部下を持ってしまった。飼い犬に手を噛まれたような気分だと思いながら池袋に向かった。跡をつけた張本人、平和島静雄を探しに。

静ちゃんが行きそうなところをうろうろしていると、池袋について10分で静ちゃんが見つかった。視界にあの金髪とバーテン服の男を見つけると、なんだか無性にむかついて、

「静ちゃん!!」

「臨也?」

いらいらと叫ぶと静ちゃんがこちらに振り向いた。その振り向いた顔がなんとなく間抜けに見えて、跡つけときながら平然としやがって、と理不尽な怒りがこみ上げる。静ちゃんはこの時点では何も知らないから仕方のないことなんだけど、その我関せずみたいな顔がいらつくね!はっきり言って俺はキレる寸前だ。

「あ?何イライラしてんだよ」

静ちゃんは俺の不機嫌な様子に気づいて不思議そうに尋ねる。お前のせいだよ!と言いたかったがここはグッと我慢して冷静に言う。

「ねえ静ちゃん。俺さ、跡つけんなって言ったよね?」

「跡?」

「見てよこれ!こんなくっきりついちゃってんだよ!?」

バッとジャケットを脱いで自分の首の付け根を指さす。静ちゃんはちょっとびっくりしたような顔をして、すぐにああと表情を元に戻した。それにいらあ、として顔をひきつらせて一気にまくしたてた。

「何普通の顔してんの?こっちは迷惑なんだけど!こんな目立つ跡見つかって変な噂たてられたら困るんだよね!しかも隠しにくいところにつけてくれてさあ!これ何日も消えないんだよ?分かってる?」

「あー。だってよ」

弾丸のように言った俺にたいした反応を見せない静ちゃんに眉をひそめて、だって何?と言うと、静ちゃんは無表情のまま言う。

「自分のものにはしるしつけないと駄目だって言ってたし」

「…は」

思わずフリーズする。

「今なんて?」

「だから自分のものにはしるしつけないと駄目だって」

「…」

「あとちゃんと見えるとこにしないと、自分のものだってアピール出来ないから隠れたら意味ないって言ってたな」

「…誰が、」

「狩沢」

「狩沢ああああああああああああ」

黒い帽子に黒いロングスカートをはいた女が片目をつぶってウインクしている様子が頭に浮かんで、俺は思わず叫んだ。


所有印

(なんかこの所有印全然エロく感じないんだけど)





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