つうっと背中に寒い風が吹く。腕にはぽつりぽつりと鳥肌が立っていて、捲っていたシャツを一折り、二折りとおろしていく。それでもまだ寒気は続くものだから、今度は普段マフラー代わりに使っていたショールを羽織る事にした。ボタンの留めれる、ポンチョになるタイプだ。そうしてやっと、寒さを凌いでゆっくりと横を見ると、羨ましそうな目で一平は見つめてきた。そんな一平の手には手袋もはめられていなかったし、首元にはマフラーもない。なんて寒そうな格好なんだろう。と思っていたのがばれてしまったのか、一平はハァと一つため息をついて言った。「寒そうでしょ?僕」 ちょっと買い物に行くだけだからって、この時期に、カッターシャツとコートを羽織っただけだなんて寒いに決まってる。おうちまでもうすぐだからって、寒そうな一平の手をとってぎゅうっと、痛いくらい握ってあげた。


電気点けて、暖房と、あとストーブも、と順に冷たくなった部屋に暖かさを求めていく。五分もしないうちにストーブがついて少しだけ暖かくなった。これで暖房の熱も部屋中に広がったら完璧だ。どさっと音を立てて買った荷物をテーブルの上に置くと、一平はすぐにストーブの前まで行った。私も隣にしゃがんで一緒にストーブの前で暖まったら、一平が、先ほど私がしたようにぎゅうっと手を握った。痛いくらいに。

「痛いよ一平」
「僕にもこれくらい握っておいてよく言うよ。これ全然優しいほうだと思うんですけど」

でも、あたたかいでしょ? そうやって笑うものだから、痛みなんてすぐに忘れてしまうのだった。気が付いた時私は天井を向いていた。硬くて冷たい床の上に寝ていることと、片手が暖かいのは反比例して、隣を見ると手を繋いだまま一平も一緒になって寝ていた。おそらく私のほうが先に寝てしまったのだろう。ご丁寧にストーブは消してある。一平は、そういうところがまめだ。当たり前のことだけど、それをちゃんとやってくれる。ついつい鍵をかけ忘れたりする私なんかとは大違いだ。だけどきっとそうやって褒めてあげると、僕は優秀なんだからってさも当たり前のように言い返すに決まってる。だから絶対言ってやんないんだけど。私が上半身を起こしても、まだ手はきつく握られたままだった。



本当にこいつ、私のこと大好きだなあ。横目ですーすー寝息を立てている彼に脳内で笑ってあげる。いくら勘のいい君でも寝ている時にこんなことを思われてるなんてわかるまい。ほんのわずかな時間だけの優越感を味わった。でもいつかは言ってやりたい。一平、私のこと大好きだなあって。



「今日の夕飯は?」
「そうだなあ、生姜焼きがいい。せっかく豚肉買ってきたんだし」
「わかった」

優越感に浸ってから五分もしないうちに一平の目が覚めた。頭が起きていないのもお構いなしに夕飯のメニューを問いただせばこれだ。「僕、名前の作る生姜焼き、好きだし」彼がどんなに小さな声で言っていたとしても私はこの一言を聞き逃さなかった。ほんと私のこと好きすぎるわ一平くん。なんて調子に乗って思っちゃうけど、そんな一平の要望にあっさり答えちゃう私も相当彼のことが好きである。

「今気持ち悪いこと考えてなかった?」
「一平って本当に勘が鋭いよね。なんで?」
「知らない。それより何考えてたの?」

「一平、私のこと、大好きだなあ、って。思ってた」


どうだ。言ってやったよ。ちらりと一平のほうを見るとその距離わずか数センチ。いつの間にか私の目の前まで顔を近付けていた一平は、そのまま距離を縮めて、噛み付くようにキスをした。咄嗟のことで頭が追いついていないせいか、一平が離れていってもしばらく一平を見つめたままだった。目が合うと、ほんの少しだけ顔を赤らめて、ぎゅうっと私を自分の腕の中に閉じ込めてしまった。

「や、やっぱり気持ち悪いこと考えてた」
「照れてるね?」
「当たり前でしょ!何こっ恥ずかしいこと平然と言ってくれてるの、わけわかんない。声に出す意味とかないし名前が思わなくてもいい。それよりもさっさと生姜焼き作ってよ」
「でも当たってるでしょ?」
「当たり前だって!好きじゃなかったらとっくに別れてるよ!馬鹿か!」

あっはっは、私は一平の腕から抜けて笑いながらキッチンへと向かう。とてもいい気分だ。きっと今までで一番いい生姜焼きが作れるに違いない。笑っているのは照れ隠し。何事もなかったかのようにキッチンに向かうのも照れ隠しの一つだ。だって、あんなにストレートに気持ちをぶつけられたことって。告白された時と、それから。考えてみるも、片手で数えれるほどじゃないか。ちらりと、床に座ったままの一平を見て先ほどのキスを思い出す。あんなの初めてだ。そこから色んなものを求められるような、そんな。じゅわりと焼け上がる、しょうゆと生姜の混ざった匂いでもこの胸のきゅうっとなる気持ちは紛らわすことが出来ぬままである。


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