肌寒い朝、どんなに足を絡ませようが背中に抱きつこうが、まとわりつく猫をひっぺがすように適当に私をあしらって左吉は出掛けていく。 生真面目な彼の頭には、彼女といちゃつくために1限をさぼるという考えは毛頭ないらしい。 「じゃあ行ってくる」 「うん、いってらっしゃい」 「ちゃんと鍵かけろよ」 「そんなことくらい言われなくてもわかってるよ」 「そんなこと?こないだ鍵挿しっぱなしで出掛けたのは誰だったっけ?」 「はいすみませんでした私です」 靴をはく彼とそんな言葉を交わす。じゃあいってきます、とドアが閉められてタンクトップにスウェットという格好の私は寒さに震えながら玄関から部屋へと戻った。 部屋にある窓からはマンションの前にある大きな通りが見えて、左吉が私の部屋に泊まった朝にはいつもここから彼を見送る。 小さく手を振ったり、投げキッスをしてみたり、窓が曇っている日には指でハートを描いてみたり。マンションのエントランスを出て眩しそうに目を細めながらこちらを見上げる左吉がかすかに口角を上げたように見えた。 投げキッスを返せとは言わないけれどほんのちょっと手くらい振り返してくれてもいいと思うんだけど。我が彼氏ながら冷たい奴だと拗ねたように唇を軽く尖らせ、彼の背中が見えなくなるまで窓際で頬杖をついていた。 ある日、朝早くに学校へ行かなければならない用事ができて珍しく早起きをした。首に巻いたマフラーを整えながらエレベーターを降りて、マンションのエントランスを出る。何気なく自分の部屋の方を見上げれば、射すように眩しい光が目に入ってきて思わず視線を反らしてしまった。今まで知らなかった、この時間にあの方角を見るとこんなにも目が痛いのか。まともに目も開けていられないようなこんな眩しさじゃ、左吉からはなんとなく私の姿を確認できる程度で、きっと私が手を振っているのもはっきりと見えてはいないんだろう。 左吉は甘い言葉なんてささやくタイプではないし、時々冷たいと感じてしまうくらいに理性的だ。だけどこんなにも眩しい光の中、微かに見える姿に微笑むくらい、彼は私を好きでいてくれている。そう思ったら無性に会いたくてたまらなくなってしまう。こんな風にして私は時々、彼の静かな愛に気付かされるのだ。 |