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甘い魔法をかけて A
「口移しで飲ませて下さい」
「…………」
暫しの沈黙。
「……ッ……!?」
数秒後、謙也さんはぼふって音がしそうな具合で顔を真っ赤にさせた。予想通りの反応だ。こんなのを予想するなんて朝飯前。謙也さんはわかりやすすぎる。
「な、なななな…!なに、は、ちょ、まっ…なに、言うて…!!?」
「落ち着いて下さい謙也さん。ほら、日本語喋って」
「これが落ち着いてられるかっちゅー話や!く、口移しって、おま、なに言うてんねん!」
ほんまに予想を裏切らない人やな。謙也さんは滅茶苦茶テンパりまくった返事を返してきた。どもりすぎててもはやなに言うてるのかわからないくらいや。
謙也さんの反応がおもろすぎて思わず笑ったら、謙也さんが必死の形相で「笑うなや!笑ってないで説明しろや!」って言うてきた。
そろそろ可哀想やし説明してあげようか。追い打ちとなんら変わらない説明だと思うけど。
「いや、苦手なもんとか嫌いなもんって好きなもんと一緒に食べたり飲んだりするとええって言うじゃないですか。だから」
「いやだからってなんやねん!全然だからに繋がってないわ!!何で口移し!?」
「俺が好きなんって謙也さんやし、それが一番かなって」
理由を述べたら途端に謙也さんが静かになった。でも相変わらず顔は赤いままや。
震えながら謙也さんはジト目で俺を睨んでくる。正直、全然効果ない。むしろ逆効果ってやつだ。
「…おっ前…恥ずかしい奴やな…」
「そりゃどうも。…で?してくれるん?」
結局してくれるのかどうかを聞いてみたら、謙也さんはうー、とか、あー、とか言いながら腕を組んで悩み始めた。ここですぐに断らんところが謙也さんらしい。
「うー、でもここ外やし…」
「謙也さんが飲ませてくれたら俺きっと青汁好きになれるんになー」
「うぐ…」
さらに追い打ちを掛ける俺。
言った台詞は軽く棒読みだったが、そんなことも気にならんくらい謙也さんは悩んどるらしい。真っ赤になりながら唸り続けている。
こんなに悩むなんてどんだけ俺に青汁を好きになってほしいんだろうか、この人は。
若干呆れながらそう思う反面、俺は内心ほくそ笑む。だってまさか、やるかどうかでこんなに悩んでくれるとは思ってはいなかったのだ。
謙也さんは学校はともかく、外ではあまりいちゃつきだがらないし、こんな提案絶対拒否ると思っていた。それが今、こんな状態である。これはもうやってもらうしかないだろう。
極めつけに俺は身を乗り出して、テーブルの向かい側に座っとる謙也さんの瞳を覗き込む。
「……謙也さん、だめ?」
微笑んで、首を傾げてやる。全部、謙也さんが弱い仕草だ。それをわかってやっている俺は相当性格が悪い。ちなみにすでに自覚している。でも、ここまできて引き下がるなんて勿体なさすぎるやろ。俺は使えるものは全部使う主義なのだ。
「…っ…あああもう!やったるわ!やればええんやろ!!」
「さすが謙也さん」
案の定、謙也さんは落ちた。
俺は心の中でガッツポーズをきめて謙也さんに青汁を飲むよう促す。
しかし、思い通りに事が運んで内心うきうきな俺に対して、謙也さんはさっきから大好きなはずの青汁と俺を微妙な顔で交互に見つめたまま動く様子がない。
「はよしてくださいよ」
「…ひ、一口だけやからな…!」
「わかっとります」
言ってしまった手前引き返せないとわかっているのか、謙也さんは決心したように青汁を手に取る。一口青汁を口に含んでゆっくり俺に顔を近づけてくる謙也さん。俺もそのまま大人しく待っておく。
「ん…」
こくり、と謙也さんから青汁が口移しで飲まされる。苦い。めっちゃ苦い。
でもそれ以上に、目の前で恥ずかしげに瞳を伏せて、ふるふる震えとる謙也さんが可愛くて可愛くてしゃーない。
あー、あかん、我慢出来へん。
「…っ…!?…っは、ふ…んんん…!!」
我慢が出来なくなった忍耐のない俺は、謙也さんの口内にするりと舌を差し込んで思う存分謙也さんを味わう。舌を絡めて、吸いついて、なぞって。
幸いにも俺らが座っとる席は店の奥の方にあるはじっこの席やったし、今も周りに人が居らん。それがわかっとる俺はさらに歯止めがきかなくなった。
「んく…ふ、ん゙ーー!!」
キスに夢中になっていたら、謙也さんがドンドンと胸元あたりを叩いてきた。もう息が続かないらしい。相変わらず謙也さんは息継ぎが下手くそだ。そういうとこもええんやけど。
とりあえずここままじゃ謙也さんが窒息しかねないので、俺はしぶしぶ謙也さんを解放してやることにした。
「…っはぁ…!さ、最悪や…!ここ、ファミレスなんに…!!」
「大丈夫ですよ、周りに人居らんかったし」
涙目でこちらを睨んでくる謙也さんになにくわぬ顔でそういってやると、謙也さんは「そういう問題じゃない!」と叫ぶ。その大声の方がどっちかっちゅうと注目を浴びる気がするけどな、俺は。
そう思ったものの、これ以上言うと謙也さんが本気で機嫌を損ねそうなので口には出さずに黙っておく。まずは謙也さんを宥めることに専念したほうが良さそうや。
「あーもうほんまにありえん…」
「謙也さん謙也さん」
「………なんや」
「どうでした?」
「…?なにがや」
「美味しかった?って聞いとるんですわ」
「え、」
宥める、というよりは気をそらすような形で謙也さんに問いかけると、落ち着きかけてた謙也さんは再び顔を真っ赤にさせた。
そして小さく、本当に小さく、それこそ蚊が鳴くような声で「美味しかった」と言ってからテーブルに突っ伏してしまった。
そんでそのままの状態でピクリともしない謙也さん。少し不安になって、「謙也さーん?」なんて砕けた調子で問いかけてみたが、返事はなく。
しまった、少しいじめすぎたか?なんて思ってどぎまぎしていると、ふいに名前を呼ばれた。
「…ひ、光」
「何です?」
「光は…?美味しかった?」
ホッとして返事をしつつ謙也さんの方を見ると、謙也さんはテーブルに突っ伏した顔を少しあげて、上目使いで俺を見上げてきた。不安そうな顔で聞いてきたのはさっきの青汁の味のことで。
そんなん答えはひとつしかないんやけど、ひねくれている俺はつい意地悪な返事を返した。
「やっぱ苦かったっすわ」
そういうと、途端にガーンって顔になってしまった謙也さん。
あかん。笑ったらあかんのやけど、あからさまにショックです、って顔でプルプルしとる謙也さんが可愛すぎてついつい笑ってしまう。
ちゃうんや謙也さん。まだ続きがあるんやで。
「でも、」
「…でも?」
「謙也さんの味もしたし、甘かったです」
ごちそーさん。
口パクでそう言って、笑ってやると謙也さんはたださえ赤かった顔をさらに赤くさせて、「光のアホ」とか「イケメンは犯罪や」とか呟き始めた。
普段なら言い返すところやけど、まあ今日は謙也さんに色々してもらったし黙っておくことにする。
俺はそれよりもさっきの味をもう一度確かめたくなって、ぺろりと唇を舌でなぞった。
口の中に広がる味にやっぱ甘いな、なんて。
俺は謙也さんの言う通りアホなのかもしれない。
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