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  くるりと回って愛のうた @


 カチャカチャとゲームのコントローラーを動かす音だけが部屋に響く。
 今日は金曜日。明日は滅多に重ならない休みが珍しく重なる日で、せっかくだからと練習後に倉持が一人暮らしをしているアパートに顔を出して、わざわざ一緒に過ごしてるわけで。夕食も風呂も、なんなら食器の片付けも終わったこの時間、この状況。どう考えても恋人である俺に背を向けてゲームをする時間じゃないと思うんだけど。
 相も変わらずカチャカチャカチャカチャ、目の前の画面に映るよくわからないキャラクターに夢中な様子の倉持に、俺は隠すことなく溜め息をついた。

「はぁー……」

 ぶっちゃけると面白くないし、つまらない。
 そりゃあ俺だってさっきまでスコアブックを読んでいたけども。白状すると倉持から何かアクションがあるんじゃないかってソワソワしてたりしたんだよ。
 俺を甘やかす用の柔らかい声で名前を呼ばれるとか。倉持の手が伸びてきて触れ合って、キスをするとか。もっと言えばその先のお誘いだとか。色々考えてた。
 だって久しぶりの二人揃っての休みだぞ、前にセックスしたのいつだと思ってんだ。そりゃ期待だってしたくなる。
 なのに現実はこれだ。ずーーっとゲーム。馬鹿か。馬鹿なのかコイツ。俺今日風呂に入った時にケツとか全部綺麗にしてんだぞ。その分余計に面白くないし、今の状況がいたたまれない。期待してた俺が馬鹿みたいだろ、大馬鹿野郎。
 不満の表情を隠さずに倉持の背中を見るが、どうにも状況は変わらないらしい。ゲームが上手くいっていないのか時折舌打ちが聞こえてくるぐらいで、俺の方を向く様子はない。くそ、飲み会断って来てるのになんだこの仕打ち。いや、別に行きたかったわけじゃねーけど。

「なぁ倉持」
「あ?」
「コイビトの一也くん放っておいてそれはどうなの」
「どうって、何がだよ」

 思いの外すぐに返事が返ってきたことに弾んだ単純すぎる俺の心は、次に返ってきた言葉に即座に叩き落とされた。何がじゃねぇよ。いつもの察しがいい洋一クンはどこに行ったんだ。どう考えてもお前がゲームしてることだろうが、とぼけんな。
 本格的に倉持がこちらを向く気がないことを察して、こちらも舌打ちをする。ここは遠回しに言ってもしょうがないらしい。癪だけど直接訴えていくしか選択肢はないのだろう。
 今度はひっそりと溜め息を一つ吐いて、コントローラーを動かすことに余念がない倉持にじりじりと近づく。

「倉持」

 たどりついたその背中に頭を預けて、名前を呼んだ。こうして甘えた仕草をするのはよく考えたらめちゃくちゃ久しぶりで、やってからじわじわと顔が熱くなってくる。でもこうでもしなきゃ今日の倉持は構ってくれないのだから仕方がない。

「なぁ、明日休みだろ?俺一応、その、ケツの準備とかしたんだけど」

 言ってから恥ずかしさが爆発して思わず倉持のスウェットを掴んだ。誘う、っつーか、誘えてるのかわかんねーけど、こういうこと言うのは初めてで、言ったそばからぐるぐると頭が回り出す。
 あれ、これ大丈夫か?確かにここ最近シてないしご無沙汰なんだけど、なんかすげぇセックスしたい奴みたいになってない?恋人と二人きりといえばセックス、って思考の奴みたいになってる気がしないでもないんだけど。……うん、いや、まあ、実際そう思ってたんだけどな!やると思ってたよこの状況になるまで!つーか男なんだから普通そういう思考になるよな!?
 段々逸れてきた思考と妙な沈黙に、じっとりと手が汗ばんでくる。気がつけば先程までうるさかったコントローラーの音はなくなっていて、やばい、まずったかな、と焦りが駆け足でやってきた。

「……や、別にシなくてもいいんだけどさ」

 とってつけたように言ってみるものの、倉持からの反応はなし。思わず口から溢れたえーっと…という俺の呟きは、なんとも間抜けな響きをしていた。
 ピクリとも動かない背中に頭を擦り付けて考える。シなくてもいい、は本当は嘘だ。ほんとはシたい、でも誘い方がわからない。さっきのはどうやら不発っぽいし、なんかもっとこう……違う言い方がいいのだろう、きっと。しかし混乱した頭はなかなかいい言葉を思いついてくれない。せっかく明日は休みなのに、久しぶりに倉持と過ごせる時間なのに。このまま終わるなんて嫌すぎる。なんで倉持の手が触ってるのは俺じゃなくて、冷たくて真っ黒いゲーム機なわけ。

「……ゲームばっかしてんなよ、」

 頭に浮かんだ言葉を、よく考えもせずに吐き出した。だって気に入らない。俺がいるのになんでこっち見ねぇんだよ。そんなにゲームがいいのかよ。俺、ゲームより色んなこと倉持にしてやれるのに。

「構えよ、触ってよ、くらもち」

 誘う云々、色っぽい思考をすっ飛ばして口からこぼれたそれは、寂しい気持ちと拗ねた気持ちをかき混ぜたような声をしていて、自分で言ったくせにびっくりした。子どもか俺は。
 でももう撤回は出来なくて、掴んだままだった倉持のスウェットを羞恥に耐えるようにもう一度強く握る。頼むから早く返事をしてくれ、倉持。俺そろそろいたたまれなさで死にそう。
 そんなことを思っていたら今まで全然動かなかった背中が動いた。ピクッと一度震えたかと思えば、今まで伸ばされていた背中がぐぐっと前の方に倒れて弧を描いていく。ついでに倉持の背中に頭を預けたままだった俺も一緒に倒れ込んでしまった。

「倉持?」

 声が返ってくる前にそんな反応があるとは思っていなくて、一体何事かと倉持を呼んだ。すると今度は低い呻き声みたいなものが聞こえてきて、俺の頭にははてなマークが乱舞する。なに、本当にどうしたのコイツ。さすがに怪訝に思って、少し体をずらして倉持の顔を覗き込む。

「……お前どーしたの、その顔」
「…………ッだぁぁああ!!せっかく人が我慢してんのに何でそういうことするんだよてめぇは!!!」
「はぁ?」

 覗き込んだ先の倉持は顔真っ赤の顰めっ面。俺の顔をチラリと見たかと思えば、耐えきれなくなったように頭を抱えて叫ぶから、俺はますますついていけない。我慢とかなんとか、何言ってんのコイツ。

「なに、我慢って」
「だからッ……セックスしないようにしてたのにどうしてそう、誘うようなことするんだよ!今までそんなことしたことねーくせに!」

 あ、よかった。誘えてたんだ。
 怒った様子の倉持をよそに、密かにほっとする。恥ずかしさを我慢した甲斐があった。これで誘えてなかった今度こそ俺の心は死んでいただろう。
 しかしほっとしたのもつかの間、今度は倉持が怒る理由と我慢している理由がわからなくて俺は眉を顰める。

「だからなんで我慢する必要あるんだよ。こっちは恥を捨てて誘ってんだからノッてこいっつーの。童貞かよだっせぇな」
「ハァ!?お前で童貞卒業したわボケ!!」
「知ってるよ!非童貞なら尚更ノッてこいっつってんの!」
「るっせぇ!!!明日は出掛けようと思ってたんだよ!頼むからそれで察しろ!」
「えっ、は?明日出掛けんの?」

 予想外の言葉が倉持の口から飛び出してきて俺は目を瞬かせた。そんな話聞いた記憶がない。ここに来て飯食った時も、お互いの近況とか野球の話とか、そんな話しかしてない…はず。まさかライン?メール?何か連絡あったっけ…?ここ一、二週間の記憶を引っ張り出すものの、やっぱり心当たりはない。やべぇ、記憶障害かな、なんて思い始めた頃、俺の様子を黙って見ていた倉持が「まあこうなるよな…」と少し遠い目で呟いた。倉持は緩慢な動きで頭を掻きながらあのよ、と口を動かし始める。

「お前この前外で飯食べた時、今度の休みは久しぶりに買い物行きてぇって言ってただろ」
「え、」

 この前外で飯食べた時、っていうとちょうど三週間前くらい前の話だ。すごく久しぶりに倉持と外に飲みに行って、浮かれてだいぶ酔っ払ったからよく覚えている。
 …………そう、その日俺はだいぶ酔っ払った。それはもう久しぶりに。だから倉持に言われてようやくそういえば、と思い出す程度の記憶しかないのである。ぼんやりと記憶が蘇ってきて、口元が引き攣っていくのを感じる。

「あ、あー…そういやそんなこと言ったかも…?」
「やっぱ忘れてたか」
「……ごめん」
「いや、別にちゃんと約束してた訳じゃねーし。俺が勝手に行くつもりだっただけだから、お前が悪いわけじゃねーよ」

 こうなるだろうと思ってたしな。そう言って呆れたように笑う倉持に、小さく息を吐く。こんなことで怒るような奴でも、大袈裟に悲しむような奴でもないってことはわかっているけど、やっぱり申し訳ない気持ちはあるわけで。倉持の口から許しを得た俺はそれでもごめん、と返した。これから酒の席での発言にもうちょっと責任持とう。気をつけよう、俺。
 さて、ようやく出掛けるという話が消化された俺は、だいぶ冷静に状況を整理できるようになっていた。
 倉持が誘ってもセックスにノってこなかったのは、セックスした翌日は俺が高確率でベッドとお友達になるからだろう。そりゃ明日出掛けるつもりならするのは避けるのが賢明だ。
 落ち着いた頭で誘った直後の倉持の反応だとか、これまでのことを思い出して、ようやく点と点が繋がっていく。ずっと気に入らなかった俺に背を向ける倉持の姿と、さっき倉持の言動を今度こそ正確に理解した俺は、にやけそうになる口元を必死で引き締めて倉持を見た。

「……えっと、あのさ、倉持」
「ん?」
「確認していい?」
「は?何を」
「ここまでの状況を」
「………」 
「あれ、倉持?倉持くーん?」
「…………………………ドーゾご自由に」

 若干しぶしぶではあったが倉持の了承を得たので、俺は改めて倉持の正面に座り直した。倉持の方を伺いながら俺は指折り、一つ一つ確認していく。

「つまりさ、倉持は俺がだいぶ前に言ったことをわざわざ覚えてくれてて」
「……おう」
「せっかくだから明日はデートしようって思ってて」
「デッ……………まあ、うん、そうだな…」
「うん、だからさ、いつも起きられなくなる俺のこと気遣って、セックスするのを我慢するためにゲームしてたってことでオッケー?」

 段々返事が重くなる倉持に、最後はにやける口元を隠しきれなかった。きっと倉持からしたら腹の立つ顔をしているのだろう俺は、わざとらしく首を傾げて倉持の返事を待つ。

「…………………………そうだよ」

 たっぷりと間を置いてから、苦々しく吐き出された肯定の言葉に、耐えきれず吹き出す。それしかないだろうとは思ってたけど、改めて考えるとおかしくてしょうがない。だってそんな、中学生じゃあるまいし!

「極端すぎだろ…!セックス我慢しないといけないから俺に背を向けてゲームって…っ」
「うるせぇ!そうでもしねぇとダメだと思ったんだよ!!」

 ひぃひぃと笑いながら言ってやれば、わかりやすく顔を染めた倉持が怒鳴る。そうでもしなきゃダメって、なにそれ。俺も人のこと言えないけど、倉持俺にメロメロじゃん。魔性の男〜なんてからかわれたこともあるけど、案外間違ってないのかもしれないな、俺。
 笑いすぎて涙で視界が歪む中倉持を見れば、赤い顔で拗ねたようにそっぽを向いていて、ああ、もう。なんというか、愛しすぎる。
 酔っ払って正常とは言えない状態の俺の言葉をしっかり覚えてくれてて、デートを企画してくれて。受け入れる側の俺のことをちゃんと考えて、頑張ってセックス我慢してくれてたとか。俺の彼氏最高すぎ。

「くらもち」

 甘えるような声で呼べば、倉持はじとりと横目でこちらを見てきて、それにまた笑いがこぼれそうになる。今日は久しぶりに二人でゆっくり出来る日で、明日はデートなんだろ?そんな顔しないでよ。
 いまだに拗ねた様子の倉持ににじり寄って、もう一度くらもち、と呼ぶ。やっとこちらを向いた倉持とカチリと目が合って、心の奥底から湧き上がってくるあたたかい感情に自然と顔が緩んだ。
 これから伝える言葉は、かっこよくてかわいい俺の彼氏様の努力に対する、俺が出来る最高級のお返しだ。

「だいすき。愛してる」

 ゆっくりと、噛み締めるようにそれを紡いだ。
 目の前で、倉持が目を見開いて固まっている。この距離で聞こえなかったはずなんかないから、この様子だと俺の言葉を処理出来てねぇのかな。お互いなかなか言葉にして伝えないから、余計衝撃なのかもしれない。
 目を眇めて、ふは、と気の抜けた笑いを一つ。無性に倉持に触れたくなって、混乱している目の前の男の頬に手を伸ばす。

「ん゛っ!?」

 触れるまであと数センチ、というところでぼふっという間抜けな音と共に突然視界が遮られた。感覚からして部屋にあったクッションだろうが、なんで押し付けられたのかがわからない。え、今そういう雰囲気じゃなかったよな?
 わたわたと手探りでクッションを押しのけようと奮闘するものの、柔らかいそれを押し付けてくる腕の力が思いの外強くて苦戦する。

「ちょっ…倉持、何?前見えねぇんだけど!」
「見えねぇようにしてんだよ!こっち見んな!」
「はぁ!?何でだ、よ……」

 やっとのことで押しのけたクッションの向こうに見えたその顔に言葉を失った。
 だって、倉持。ねぇ、なんつー顔してんの。
 眉間にめちゃくちゃ皺寄ってるし、目つきだって相当悪くて怖いことになってるけど。顔真っ赤だし、口元のにやけ、隠しきれてないよ。そんな、嬉しくてしょうがない、みたいな顔。隠そうとしてるんだろうけど、全然隠しきれてない。なにそれ、そんなに俺の今の言葉が嬉しかった?

「……くらもち」
「見んなっつってんだろ!」

 浮ついているのを隠しきれていない声で咎められたけど、そんなの効果なんてない。腕と手のひらを駆使して顔を隠そうとする倉持に手を伸ばす。やだよ、その顔、俺のための顔じゃん。もっと見せてよ。

「ねぇ、倉持、顔見せて」
「やだ。ぜってーーやだ」

 俺から逃れるように身体を逸らす倉持を追いかけて、顔同士の距離を縮める。目の前の顔をガードしている腕を力ずくでどかすことも出来るけど、あえてそれはせずに手は腕に添えたまま。

「見せてよ、くらもち」

 おねがい。
 俺のおねだりに弱いことは計算済みで、最後はダメ押しに顔を隠すその腕に額をすり寄せた。ぎゃーぎゃーと騒いでいた倉持は途端に静かになって、ピタリと動きを止める。そろりそろりと慎重な動きで下ろされた腕の後ろから鋭い瞳がこちらを見た。どんなに怒ったふりをしても、手のひらの隙間から見える口元が緩んだままだから意味ないんだってすげぇ言いたい。
 ああ、すきだなぁ。俺の言葉一つでこんなにも舞い上がってしまうコイツがだいすき。自然に上がってしまう口角をそのままに、やっと出てきた倉持の顔を見つめる。すると、観念したように倉持が溜め息を吐いた。

「…………っとに、悪趣味だな」

 その顔やめろ、と続けられて思わず目を細める。残念。倉持がその顔やめない限り、俺もこの顔のままだよ。何となく居心地が悪そうな倉持に、吐息に等しい笑いをこぼす。
 愛しくて、なんだか無性にキスがしたくなった。残念ながらセックスはおあずけになるけど、それくらいは許されるよな?緩んだその口元にキスをしたら、倉持はどんな反応するだろう。考えただけで楽しくて、思わずにんまりと笑ってしまう。
 さあ、まずは甘い声で言われた悪態に、大層な褒め言葉をありがとうとでも言って返してやろう。キスをするのはそれからでも遅くない。二人きりの時間はまだまだあるのだから。


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