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  きらきらかがやくいとしいきみ


「あ、降ってきた」

 花京院が空を見上げて、そう呟いた。
 花京院に倣うように空を見上げると、学校を出た時は遠くの空に佇んでいた灰色の雲がいつのまにか頭上の空をどんよりと重い色に染めていた。さっきまで五月蝿かった蝉はいつの間にかその鳴き声を半分ほどに減らしていて、刺すような日差しはどこかに隠れてしまっている。代わりに生温い風が肌に纏わりつくような熱気を運んできた。
 家に着く前に降るかもしれねえな、というおれの予想はどうやら当たってしまったようで、花京院の言葉通り、ぽつりぽつりと雨粒が帽子の鍔を叩く音がする。今朝の天気予報は晴れのち晴れ、降水確率はほぼゼロで、生憎傘なんか持っちゃいない。それは花京院も同じのようで、困ったなぁ、と小さく呟いた。

 登下校に使っているこの道は、両脇で木々が生い茂っているあまり人が通らない道だ。町の喧騒から少し切り離されたところに位置するこの場所は、人が通らないが故に雨宿りができるような建物はない。青々とした木と緑ならあるが、長身の男2人が雨宿りをするには木の陰は少し狭いし、足元にはぬかるみやすいじめじめとした地面が広がっている。あまり雨宿りには向いていないことは少し辺りを見回しただけですぐにわかった。木の陰で葉から伝う雨に濡れながら時間を食い潰すくらいなら、少し距離はあるが家まで走って帰った方がいいだろう。
 わざわざ少し遠回りになるこの道を使っているのは、他ならぬ花京院との時間を他の人間に邪魔されない為だったのだが、まさかこんな落とし穴があるとは。やれやれだぜ、と心の中で呟いて、おれは思わず溜め息を落とした。

 そんなことを考えている内に、雨はぽつぽつというまばらなものから、規則的な音をもたらすものに変化していた。気がつけば夏用の白いシャツは肌に張り付いていて、じっとりと重みを増している。花京院もおれと同じように眉間に皺を寄せて自分のシャツを眺めていた。
 おれの視線に気がついたのか、ふいに花京院が顔をあげる。ばちりと目が合ってすぐ、花京院は困ったよう微笑んだ。

「結構降ってきたね」
「ああ」
「残念ながらぼくは傘を持ってきていないんだが、きみは?」
「おれも持ってねえ」

 おれの返事に花京院はだと思ったよ、と小さく笑った。この短い会話の間にも雨は降り続け、おれたちの身体を濡らしていく。それでもあえて歩くペースは速めずに道を進んだ。
 灰色の雲はまだここに居座るつもりのようで、青い空なんぞ少しも見えてこない。これは長引きそうだ。そう思っていたら、隣の花京院がうーんと一つ唸ってみせた。

「どうする?少し距離があるが、きみの家まで走るかい?」

 花京院が首を傾けながら提案する。それはついさっきおれも考えた案だが、一言で答えるならこれだ。
 めんどくせえ。
 もうだいぶ濡れてしまっているし、今更走ったところで、というのがおれの正直な気持ちだ。おれの表情を見てそれを察したのか、花京院が相槌を打った。

「もうこんなだしなぁ、きみも、ぼくも」

 ぺたぺたと肌につくシャツを手で弄りながら花京院が言う。その様子を見て、おれは思わずごくりと喉を鳴らした。
 花京院が指した通りおれたちは随分雨に振られて、濡れ鼠に近い状態。すなわち、花京院のシャツは濡れていて、普段は隠されている肌が透けて見えているわけで。髪も水を含んでしっとりとしていて、額や項に張り付いている。時折、頬を伝った雫がぽつりと花京院の胸元に落ちていくのが見えて、おれはどうしようもない渇きを感じた。

 ──────ああ、食っちまいたい。

 思わず、舌なめずりをした。伏し目がちに自分の濡れた前髪を指先で弄る花京院の色気は壮絶なもので、本能が『腹が減った』と遠慮なしに主張してくる。正直、今の花京院は非常に目に毒だ。
 あ、まずい。そう思ったおれは、不自然な動きにならないようにゆっくりと目を逸らした。身体中をやましい欲望をのせた熱が駆け回るのを感じる。これは、まじまじと見たらダメなやつだった、と今更知る。
 耐えろ、静まれ。ここではいけない。落ち着け、変なことは考えるな、空条承太郎。
 心の中で自分を諭し、少しでも落ち着くようにと深呼吸を一つ。それから邪念を打ち払うように頭の中でひたすらに素数を数えた。思春期真っ盛りでそういうことにも(花京院限定で)興味津々なおれだって無闇やたらにがっついたりはしない。いや、しないように必死で理性を総動員している。それくらいの良心は持っているつもりだ。
 そんな馬鹿みたいな葛藤を一人でしているおれの心中なぞ知らない花京院は、いまだに雨を降らせ続ける空を仰いだ。それからすぐに「…うん、よし。」と花京院がどこか楽しげにそう呟いたのが聞こえてくる。何かと思い、花京院の方を見れば、目が合った瞬間にやつはにんまりと口角を上げ笑った。

「承太郎!どうせならこのまま思いっきり濡れて帰らないか」

 花京院の言葉におれは一つ瞬きをして、それからちらりと空を見上げた。
 すでに雨は本降りで、こうやって悠長に話しているのがおかしいくらいだ。元々花京院は帰りにおれの家に寄って行く予定だったし、なんならおれの頭の中ではコイツが泊まっていく算段までついていた。今更どれだけ濡れようが関係ねえ。それなら、帰りにどれだけ時間を掛けたっていいだろう。

「悪くねえな」

 そう返すと花京院が満足そうに笑う。
 それから、ふわりと緑の輝きが花京院を包んだ。

 鬱陶しいのに纏わりつかれるのを避ける為に他の生徒とずれた時間に下校するのは最早習慣で、おかげで帰り道は人と一緒になることはほぼない。前述ように元々人通りの少ない道だ、しかもこの雨。おれたち以外、誰もいない。
 それをいいことに、花京院が双子の片割れように大切にしている半身を発現させたのだ。
 緑色の、きらきら光るそいつはふわふわと宙を舞う。そんな自分の半身────ハイエロファントグリーンを見て、花京院が猫のようにゆるりと目を細めた。

 花京院とおれのスタンドに対する認識は少し違う。
 生まれつきのスタンド使いである花京院は、ハイエロファントを自分の友、もしくは双子の兄弟のようだと口にしている。それは、こういうふとした瞬間の花京院の表情や、まとう空気なんかでよくわかる。以前はハイエロファントに対する花京院の態度にやきもきしたものだが、今はそんな馬鹿馬鹿しい嫉妬はしない。花京院が大切にしているものはおれだって大切にしたい。何より、ハイエロファントは花京院の一部なのだ。おれにとっても大事なものであるということは言うまでもない。
 花京院がするりとハイエロファントの頬を撫でた。花京院とハイエロファントが並ぶと、まるで一枚の絵のように様になる。しかしそれを言うと花京院に『きみとスタープラチナの方が絵になるよ』と返されてしまうのだから納得がいかない。見たことがねえからそう言えるんだ、と反論したらきみこそそうだろと言われ言葉に詰まってしまったのは記憶に新しい。
 そんなことを考えながら花京院とハイエロファントに見とれていたら、急に頭の上が軽くなった。帽子の鍔で多少しのげていた雨粒が、容赦なくおれの顔に降りかかる。
 理由は単純だ、ハイエロファントが触脚で、おれの帽子をひょいっと取ったのだ。

「…おい、帽子」
「ぼくを捕まえられたら返すよ」

 花京院がいたずらっぽく笑う。
 ……なるほど。鬼ごっこというわけか。
 おれは花京院の言わんとすることがわかって、花京院につられるように口元に笑みを浮かべた。子どもっぽい遊びだが、たまには悪くねえ。

「上等だ」

 おれの言葉を合図に、花京院が走り出した。
 元々身軽な奴だ。走りづらい道にも関わらず、軽やかな足取りで駆けていく。花京院に寄り添う形でハイエロファントも宙を翔る。

「遅いぞ!承太郎!」
「…ってめぇな…。おい、待てコラ」

 けらけらと花京院が笑い、また駆けていく。腕を伸ばして捕まえようとするものの、花京院はすいすいとおれの腕をよける。くそ、全然捕まらねえ。
 あくまで遊びだ。そう思っていたはずなのにいつの間にか本気で花京院を追いかけている自分が可笑しくて、自然と笑ってしまう。花京院といると、こんなことばかりだ。
 おれの腕をかわし逃げていく花京院は思いの外速く、気がついたらおれと花京院の間には少し距離ができていた。もうちょっと全力にならなければあいつを捕まえることはできなさそうだ。そう悟ったおれは少しばかり乱れた呼吸を整える為に一旦足を止め、息を吐き出す。
 そんなおれの様子を見て、少し余裕ができたのだろう。花京院が振り返りハイエロファントの手を取った。こつんと額を合わせ、嬉しそうに何かを話している。さしずめ『やったね』とおれから一本取ったことを喜んでいるのだろう。
 やれやれ、とその様子を眺めていると、ふいに花京院がハイエロファントの両手を握ったまま、踊るようにくるりと回った。それに合わせて、花京院の足元でぱしゃりと水が跳ねる。だが花京院がそれを気にした様子はなく、ハイエロファントの手を恭しく持ち上げ、もう一度綺麗にターンして見せた。
 くるり、ふわり、ぱしゃん。
 花京院とハイエロファントが舞う。
 このおれに追いかけられている最中なのに随分と余裕じゃねえか。普段ならその余裕をぶち壊す勢いで相手を捕まえるくらいするはずなのに、今はただ、ふたりから目を離せない。いつの間にか瞬きも忘れてふたりに魅入っていた。
 すると、ハイエロファントばかりを見ていた花京院が一瞬こちらを見て、とても楽しそうに、子どものように無邪気に笑った。その表情を見て、どくり、と心臓が鳴る。熱い何かが、こみ上げてくるのを感じた。
 途端に今まで雑音でしかなかった雨音が、ふたりの為に音楽を奏でているような錯覚に陥る。それくらい雨の中のふたりは絵になっていて、心の中で、だから言ったじゃねーか、と誰が聞いているわけでもないのに呟いた。
 ハイエロファントの触脚が雨の中で輝き、花京院の頬を撫で、腕に絡まる。ハイエロファントの触脚をそっと撫でる花京院の表情は柔らかい。
 くるくる、ふわり、ぱしゃん。
 雨の中で舞うふたりを見て、おれは。

 ああ、きれいだ、と。

 そう、思った。

「花京院、」
 
 堪らなくなって、名前を呼んだ。それから、止まっていた足を動かして夢中で花京院の腕を取る。

「ん?なんだい、じょうたろ……」

 わ、と控え目に驚く声が耳元で聞こえる。水たまりに足を突っ込んだのか、足元で派手に水が跳ねた音がしたが、そんなことに構っていられなかった。
 衝動のままにぎゅう、とハイエロファントごと花京院を抱きしめる。そうすると何故だか雨の音は聞こえなくなって、代わりにとくりとくりと互いの心臓が脈打つ音だけが聴覚を支配した。濡れたシャツ越しに感じる温かい体温をもっと自分に近づけたくて、抱きしめる腕に力を込める。濡れた服同士でくっつくなんて普段なら不快なだけだろうに、不思議と今は心地よく感じた。
 いつの間にかハイエロファントは消えていて、抱きしめた花京院をちらりと横目で伺えば耳がうっすらと赤くなっているのがわかり、ああ、と納得する。ちゅう、と音を立てて耳たぶに口づければ、びくりとその肩が跳ねた。
 それから、ゆっくりと腕の拘束を解けば、ひどく濡れた菫色と目が合った。ゆらゆらと揺れるその瞳にひどく余裕のない自分の顔が映っていて、心の中の冷静な自分がそれを嘲笑う。でも、今はそんなことを取り繕っている時ではない。
 雨に打たれたせいで額に落ちてきた髪がどうしようもなく邪魔で、少し乱暴に後ろに撫で付ける。逸れることのない視線に焦がれながら、ゆっくりと顔を近づけ、花京院の唇に自分のそれを重ねた。触れるだけの、拙いキス。それなのに、ひどく満たされた。

「………承太郎、」
「…なんだ」

 少し掠れた声がおれを呼ぶ。鼻先を甘えるようにこすりつければ、花京院の腕がおれの首に回った。くい、と頭が引き寄せられる。唇が触れそうで触れないギリギリの距離で、花京院が囁く。

「もういっかい、キス、」

 して。
 花京院の口が音もなく動いた。
 夏の雨は依然としておれたちを濡らし、ゆるやかに体温を奪っていく。

「誰も見てない、から」

 そんなこと言われて、我慢なんざ出来るわけねえだろ。
 おれは熱っぽい花京院の瞳に誘われるように、もう一度唇を寄せた。





「ん、……っふ、ぅ……」

 絡んだ舌は、冷たい身体とは正反対の熱を含んでいた。何度も何度も、角度を変えて口づけ、啄む。項に這わした指で濡れて張り付いた髪を掻き混ぜると、花京院が敏感に反応を返した。重ねた唇の隙間からこぼれる花京院の甘ったるい声に、ぞくぞくする。
 堪らねえ。
 歯列をなぞり、舌を吸い上げる。粘膜が擦れ合う感覚が気持ちいい。びくびくと震える花京院を腕で押さえつけ、更に口づけを深くする。それに比例して、首に回った花京院の腕にも力が篭るのがわかった。花京院の手がおれの濡れた髪を掻き混ぜ、乱す。舌を絡めると雨とは違ういやらしい水音がして、それが耳を犯した。
 口づけを繰り返すうちにどちらのものかわからなくなった唾液を飲み込む。口端からこぼれていくそれがなんだかもったいなく感じて、舌先で追いかけた。馬鹿みたいに、夢中だった。

「………ッは…ぁ、」

 色付いた吐息がどちらのものだったかなんて、今となってはどうでもいい。






「止んだな」
「……そうだね…」

 余すことなく花京院の唇を堪能した頃には空には晴れ間が覗いていた。雲の隙間から光が射し込み、水溜まりがその光を反射して輝く。
 おれの胸に頭を預け息を整えていた花京院が、僅かに身動ぎ腕を突っ張った。どうやら離せ、ということらしい。名残惜しく感じながら、花京院を抱きしめていた腕を解く。離れる間際にするりと耳の裏を撫でてやると、身体を震わせた花京院がものすごい速さで一歩飛び退いた。
 そんな真っ赤な顔で睨んだって意味ねえってことをてめぇはそろそろ学んだ方がいいぜ。
 そう思うものの口には出さず、喉の奥でくつくつと笑うだけで済ます。そんなおれの態度が気に入らなかったのか、花京院がむっとしたのがわかった。ご機嫌を取るように頬を撫で、雨で濡れた髪を払ってやる。

「さっきはえらい積極的だったな」
「その話はやめてくれ……恥ずかしくてしにそうだ」

 おれの言葉に、花京院は赤くなっていた顔を更に赤くして手で顔を覆った。手の隙間から変な呻き声が聞こえてくる。照れている花京院が愛おしくて、おれはまたついつい笑ってしまった。

 そろそろか、とキスをやめようとする度に『だめ、もっと、』と強請る花京院は本当にいいものだった。まさかそんなことを言ってくれるとは思ってなかったおれはついつい調子に乗ってしまったわけだが、本番には及ばなかったんだ。それくらい許されるだろう。
 そんなわけで、普段じゃありえないくらい積極的な花京院を見れた上に、そんな可愛い花京院を思う存分味わえたおれは上機嫌である。鼻歌でも歌いたいくらいだ。
 いい気分のまま照れている花京院を宥めるように髪に口づけを落とすと、花京院が指の隙間からおずおずとこちらを伺ってきた。ぽん、と頭を一つ撫でてやると、花京院は気まずげに視線を泳がせながらもようやく顔を覆っていた手を外した。
 その様子に満足して頭上を仰ぎ見れば、空はもうすっかり綺麗な水色になっていた。さっきの雨が嘘のようだ。浮かぶ雲も先ほどのような重い色はしていない。おれは晴れやかな空をしばし見つめた後にふと、自分の身体を見下ろした。

「それにしてもひでぇ有り様だな、おれたち」
「…本当に」

 呟くと、花京院が眉尻を下げながら同意の言葉をこぼす。おれたちは頭のてっぺんから爪の先までずぶ濡れで、服は水を吸って身体に張り付いているし、ズボンなんかは走ったせいで所々泥がはねていた。靴もまた然りだ。
 とどまることを知らない雫がお互いの髪の先や顎から滴り落ちていくのを見て、思わず花京院と顔を見合わせて苦笑した。

「ふふ、きみもぼくもシャワーを浴びたみたいだ」

 先程おれがして見せたように花京院がおれの顔に手を伸ばし、額に張り付いた前髪を払う。なんだかくすぐったくて目を細めたら、花京院が楽しそうに笑った。「犬みたいだ、承太郎」そう言って笑う花京院はその言葉通り、犬にするみたいにおれの頬をぐりぐりと撫で回した。手を払い除けたい気持ちもあるが、花京院の手が気持ちいいのも事実で、おれはされるがままにされる。

「あっ」

 すると、楽しそうにおれの顔をいじっていた花京院が何かを見つけたらしい。目を丸くして、ぱちぱちと瞼を上下させる。短く声を上げた花京院の視線はおれの頭を通り越した先にあって、おれは視線の先を追いかけるように振り向いた。

「ほら見ろ、承太郎!虹だ!」

 花京院の視線の先にあったのは、七色に輝く大きな虹だった。雨上がりに見られるそれは今日のスコールも例外ではなかったらしい。少し先の空に綺麗なアーチを描いていた。おれの正面にいた花京院が虹に近づき、ほう、と感嘆の溜め息を漏らす。

「きれいだなぁ…。ねえ、承太郎」
 
 虹に見惚れていた花京院が満面の笑みでこちらを振り返る。太陽の光を受けて、花京院から滴る雫がきらきらと光った。赤みがかった髪も菫色の瞳も同様に、陽の光を受けて輝いている。
 なんて、眩しいんだろうか。きらきら光るそれらを見て、おれは思わず目を眇めた。

「………ああ、きれいだ」

 それは、虹に対してだったのか、それとも花京院に対してだったのか。呟いたおれ自身もわからなかった。
 花京院が目を細め、こちらを見る。なんだか呼ばれているような気がして、足を踏み出した。

「花京院」

 ゆっくりと歩を進め、花京院に近づく。腕を伸ばして、手の甲で雨に濡れて少し冷たくなった頬にそっと触れた。花京院が、不思議そうにこちらを見つめる。その瞳には今、どんな顔をしたおれが映っているのだろう。

「すきだ」

 無意識、だった。自然に、するりと口からこぼれ落ちたその言葉に自分でも驚いた。あまりにも脈略のない言葉だったな、とは少し思ったが、自分の今の気持ちを言葉にするならばこれになる。訂正する必要なんぞどこにもないと次の瞬間には開き直った。
 花京院はといえば、面食らったようにぱちりと一つ瞬きをして、少しばかりぽかんとしている。おれ自身そんなことを言うだなんて思っていなくて驚いたのだ。花京院だって驚いただろう。幾度となく花京院に伝えた言葉ではあったが、それでもこんなに唐突に言ったことはなかった。
 何か、言うべきだろうか。
 おれがそんなことを考え始めた頃にようやく花京院が動き、そちらに意識が向く。花京院は、頬に添えたままだったおれの手を両手で包み、ふにゃりとはにかんだ。

「ぼくも、すきだよ。承太郎」

 頬を少し朱に染めて、花京院はそう言った。花京院の表情から、おれを甘やかすような声から、痛いほどその気持ちが伝わってくる。
 おれはまた、本日何度目かわからない甘い衝動に動かされて、花京院を思い切り抱きしめた。



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