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  グレイとナツ


「なぁ、ナツ」

仕事がないのどかな昼間。オレは用もないのにグレイの家を訪れてのんびりとしていた。
ベッドに寝っ転がって手の届く範囲にあった雑誌などを読み漁っていると、ふいに聞こえてきた声。
今までグレイも同じように本を読んでいたので突然声を掛けてきたことに僅かな疑問を感じつつも生返事を返す。

「んー?」
「結婚しねぇ?」
「んー…うん……………ハァァァァ!!??」

『コーヒー飲む?』みたいな軽さで言われた衝撃的な言葉に一瞬頷きそうになったものの、ワンテンポ置いて全力で聞き返した。
ちょっと待てこいつ今、何て言った?結婚?結婚って言ったか?

「バカじゃねぇの!?」
「俺は至って真面目だけどな」

いや、ふざけんじゃねぇよ?
…と心の中で突っ込むものの、あまりにもぶっ飛んだ発言に呆れてこれ以上言葉を口に出せない。
なんだこいつ。馬鹿なのか、阿呆なのか………ああ、全部か。そうかそうか。
そんなことを若干遠い目をして思う。
だってありえねぇだろ。なんだよ、いきなり結婚って。大体、オレもグレイも男だし。
半分疲れたようにはぁ…と溜め息をついてグレイを見る。

「いきなり何なんだよ…」
「ん?ああ、今日はプロポーズの日なんだってよ。ルーシィに聞いた」
「……だからかよ…」

もう一度、深い溜め息をひとつ。
プロポーズの日か、なるほど。ルーシィやギルドの女子たちが好きそうな話題だ。
でも、なんでそれがオレにプロポーズをするっていう結果を招くのか。訳わかんねぇ。甚だ疑問だ。
そりゃまあ…オレたちは恋人同士というやつだけれど。あまりにも段階をすっ飛ばしすぎだと思う。

「…で?」
「は?何だよ『…で?』って」
「いやだから返事は?」
「返事ってお前な…ノーに決まってんだろ!」
「なんでだよ」
「なんでも何もねーだろ…」

こいつもういや。…そんな意味を込めてグレイをジト目で見つめる。
だけどグレイ本人は至って真面目な表情をしていて。ふざけてるわけではないことがひしひしと伝わってきた。
…でも、伝わってきたところでオレにはどうにもできない。元々色恋沙汰には関心がなかったオレにはこういう時、どうしていいかわからないのだ。
つまり、どんな表情をして、どんな反応をすれば一番いいのか、とか。どう答えられればいいのか、とか。…そういうことは何ひとつとして頭に思い浮かばない訳で。
困惑してしまったオレは思わず黙り込んでしまった。

「…嫌だったか?」
「…え……」
「だってナツ、どうしようって顔してるからよ」

苦笑気味にグレイが言う。それに対して、オレはほぼ本能的に返事を返した。

「別に、嫌じゃ、ねぇ……けど、」
「…………ナツ」

すると、いつの間にか隣に来ていたグレイ優しく抱きしめられた。いつもなら全力で抵抗するけど、今日はされるがまま大人しくする。だってなんだか、グレイが話を聞いてほしそうだったから。

「俺な、約束が欲しかったんだ」
「約束…?」
「おう。…魔導士やってると、いつ死ぬかわからねぇだろ?……こうやって、ずっと一緒にいられるっていう保証はどこにもねえ」 

もっともなグレイの言葉に、ぞくりと寒気が襲ってくる。
…そうだ、その通りだ。今日みたいにグレイとのんびり過ごせるのも、こうやってお互いの体温を感じることも、もしかしたらできなくなるかもしれねぇんだ。そう考えると、急に死ぬことが恐ろしくなった。いつも戦ってる時はそんなこと感じもしないのに。

そんな恐怖を覚えつつ、オレはここでひとつの疑問を持った。これを聞いて、何故グレイがこんなことを言い出したのか余計にわからなくなったのだ。
本当は今すぐにでもグレイに問いただしたい気持ちだったけど、グレイとオレの間に流れる空気がそれをさせてくれなかったので、大人しくグレイの言葉に耳を傾ける。

「だからな、ナツ」
「……ん」
「…結婚したら、ナツをずっと俺のものにしておけるんじゃねえかって、少し思ったんだ」

グレイが言ったことの意味がわからなくて、思わずグレイの顔が見えるように顔をあげる。
今まで抱きしめられてるせいで見えてなかったグレイの顔は、口元は確かに笑っているのに、オレには悲しみとか苦しみをごちゃ混ぜしたような複雑な表情をしているように見えた。

「…もし俺が死んでも、結婚したって事実があれば、ナツの心には俺が残るだろう?」

…なんて、重いな。
そう言ってグレイは自嘲するような笑みを浮かべた。

ああ、こいつは、ずるい。
いつもは飄々とした様子でオレを振り回したり、子供みたいに喧嘩をしたりはしゃいだりして馬鹿やってるのに、たまに、本当にたまにこうやって、オレしか知らない弱さを見せる。

「……ばーか」
「なんだよ、ばかって」

なんだか急にこいつを愛しく感じてしまって、でもそれがなんだかむず痒くて、誤魔化すように悪態をつく。それに少しムッとしたのか、グレイがオレを不服そうに見てきた。
その表情がなんだか気に入らなくて、両頬を手でぺちんと挟む。グレイが少し痛そうに顔を歪めたが知ったこっちゃない。言いたいことは、こっちにだってあるんだ。

「そんな約束なくたって、オレはグレイ以外の奴なんて見ねぇよ」

そう言ってやると、グレイが驚いたように目を見開く。それを見てもう一度、目を見据えて念を押すようにグレイに言う。

「グレイ、だけだ」
「ナツ…」

くしゃりと今にも泣き出しそうに顔を歪めたグレイに苦笑するしかない。こんなに弱ってるグレイはひさしぶりだ。
久しぶりすぎて何だかこちらまで調子が狂う。

「…大体なんだよ『結婚しねぇ?』って。ムードねぇな」
「……………」
「?なんだよ」
「………あのナツにムードとか言われる日が来るなんて…信じたくねぇ…」
「なんだとコラ」
「あー、スミマセン」

いつもの調子に戻してやろうとグレイをからかうと、なんとも失礼な台詞が返ってきたので、「どういう意味だよ」って気持ちを込めてぎろりとグレイを睨んでやった。それにグレイが誠意のない口調で謝って……そんな、いつもみたいなふざけたやりとりをする。
でも、口調はいつも通りでも、依然としてグレイの表情は沈んだままで。そんなグレイにオレはふぅ…と軽く溜め息を吐いた。
…せっかくちゃかしてやったのになんだよ、その情けない顔は。
泣き出しそうな弱った表情をするグレイの目の前に、オレはびしと人差し指を立てた。

「…もういっかい」
「え?」
「ちゃんと、もう一回プロポーズしろ。…そしたら受けてやる」
「……え、」
「なんだよ、その顔。…まあやらねえならいいけど…」
「っいやいや待て!リベンジするからちょっと待て!」

グレイをその気にさせるためにわざと冷たい声色で言い放つ。少し意地悪だったかな、とも思うが、ここまで沈んでしまったグレイをいつものようにさせる方法なんて、オレにはこれくらいしか思いつかなかったのだ。
まあ、うまい具合に事が運んでいるからもうなんでもいいや。
オレは考えることを放棄してグレイの言葉を待つことに徹底した。

対するグレイはといえば、気持ちを落ち着かせるためなのか、ゆっくりと深呼吸をしていた。
そしてそれから、さっきまで情けない顔してた奴とは思えないくらい真面目な表情でオレの目を真っ直ぐに見つめてきた。その瞳に、不覚にもドキリとする。
その後に一気に訪れた静寂に、オレの胸の鼓動ははやさを増していく。グレイに聞こえてしまうんじゃないかって、心配になるくらい。
───そんな中、決心したようにグレイが口を開いた。

「……ナツ。俺と、これから先もずっと、一緒にいてくれないか」

すとんと心に落ち着いたその言葉に、一瞬間が空くも、すぐに顔が緩む。
そんなの、返事なんて一つしかないだろ。

「………当たり前だ、ばかグレイ」 

そう言ってやるとグレイもオレにつられるようにして微笑んだ。
それから、すり寄るように額を合わせて笑いあう。

ああ、明日もこの幸せが続きますように。

…なんて願いながら。



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