note

  素直に言ってよ


※高2と高3



「月が綺麗だな」

ある日の帰り道、若松サンがぼそりと呟いた。確かに今日は月が見えるが、わざわざ口に出すほどじゃねえっつーか…まず若松サンがそんなこと言うなんて珍しすぎて、俺は「どうしたんだよ」とばかりに若松サンをじっと見つめる。 そんな俺の視線に若松サンは居心地悪そうに「何だよ、」とぶっきらぼうに返事を返してきた。

「あー、いや。なんか珍しいと思って」
「…そーかよ」

短い会話の後に訪れる沈黙。なんだか気まずくて、様子を伺うためにチラリと若松サンを盗み見る。 横目で見た若松サンは何故か顔が赤くて、拗ねたような表情をしていた。ますますわけがわからなくて、首を傾げる。結局、その日はそのまま若松サンと別れて帰った。



次の日。朝になっても若松サンの「月が綺麗だな」っていう言葉が頭から離れなくてモヤモヤしながら1日を過ごした。でも、なんだか若松サンには聞けなくて。
だから結局、その日の夜、俺の忘れ物を届けに家に来たさつきに何気なく聞いた。

「なぁさつき」
「なぁに、大ちゃん。そんな神妙な顔して」
「月が綺麗だな、ってどういう意味だ?」

思い切って口に出すと、さつきはピタリと動きを止めた。なんだっていうんだ。訝しげにさつきを見つめると、真剣な表情でがしりと肩を掴まれた。

「大ちゃん、それ、誰に言われたの?」
「え、わ、若松サン…」

さつきの気迫に少々押されつつどもりながら答えると、いきなり「バカ!信じられない!」と言われた。そんなことを突然言われるなんて心外だ。本当に意味がわからない。

「はぁ?何なんだよいきなり」

気に入らなくて抗議の声を上げる。 すると今度はさつきに呆れたような顔をされた。

「大ちゃん、本当に意味知らないの?文学史とかでやらなかった?」
「あ?何か意味があるのかよ」

月が綺麗だななんて、ただの感想じゃねえか。そう思い、感じたままを口に出す。そんな俺にさつきは溜め息をついて、なにか可哀想なものを見るような目で俺を見つめてきた。

「……んだよ…」

意味がわからないままさつきに何やらひどい態度をとられて、俺は子供のように拗ねた。情けねえとか言うな、俺は意外と繊細なんだよバーカ。大体説明もなしにこんなの酷いだろ。

「しょうがないなぁ……若松さんに免じて今回は教えてあげるね。次はないよ?」
「わぁったよ」

そんな俺を見てか、さつきはやっと意味とやらを教えてくれる気になったようだ。 少しわくわくしながらさつきの言葉を待つ。
さっきブンガクシ?とか言ってたけどなにか関係があるのだろうか。俺は馬鹿だから(一応自覚あるんだよ)あの言葉の意味なんて予想もつかない。

「月が綺麗ですね、っていうのはね……」

内緒話をするように教えられたそれの意味を理解した俺は、すぐに家を飛び出した。



走って走って走って、若松サンが住んでるアパートに向かう。

「若松サン!」

若松サンの部屋の前に着いた俺は近所迷惑も考えずにドンドンと扉を叩く。しばらくして、扉の向こうからドタバタと足音が聞こえてきた。

「うるっせーんだよ!近所迷惑考えろこんのアホ峰ぇ!」

風呂上がりだったのか、髪の毛が濡れたままの若松サンが出てきた。大声をあげる若松サンに、アンタも近所迷惑になってるじゃねぇかと少し冷静に思ったが、こんなことを言いに来たんじゃない…と出掛かった言葉を喉の奥に押し込める。 俺はいまだにギャーギャーと説教じみたことを言っている若松サンの肩を掴んで、思い切り引き寄せた。若松サンの濡れた髪の毛で服がじわりと湿るのを感じたけど、関係ねぇ。

「なっ…青峰…!?」
「若松サン、」

この前はごめんな。ちょっと遅れたけど、俺の返事を聞いてくれ。

「俺も、愛してる」

耳元で低く囁いて、それから往生際悪く腕の中でもがいていた若松サンを閉じ込めるようにぎゅうぎゅうと抱きしめる。しばらくそうしていると、諦めたのか若松サンはようやく大人しくなった。
それを確認した俺は若松サンをそっと離して、正面から真っ直ぐ見据える。一定距離を保ったまま、若松サンの様子を伺った。ちょっとゴーインだったかな、なんて思ったりしたから。

キレられるかも、と内心冷や汗をかいていた俺の思いなどつゆ知らず。対する若松サンといえば、顔を真っ赤にしておずおずと俺を見つめ返してきた。どうやら、俺の言った言葉とこの前の会話を一発で結びつけることができたらしい。

「な、で……お前、」
「あー……さつきに聞いたんだよ。この前は、その、ごめん」
「ん…」

ちゅ、と触れるだけのキスを唇に落として、若松サンをもう一度抱きしめる。 すると、そろそろと背中に腕が回された。そのことに思わず顔がゆるむ。今の俺は相当だらしのない顔をしているのだろう。
でも、しょうがねえよな。こんなん、嬉しいに決まってんだろ。

「あおみね、」

すり、と肩にすり寄ってきた若松さんをより強く抱きしめる。
ああ、愛しいなぁ、なんて。
柄にもないことを思ってしまった。



『月が綺麗ですね、っていうのはね、大ちゃん。I love you………愛していますって意味なのよ』


素直に言ってくれなきゃ、わかんねーよ。アンタ、俺が馬鹿だって知ってんだろ。
そう思うのに、たまにはこういうのも悪くねえかな、とか。俺の頭は相当イカレてる。



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