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  てのひらの熱 B


「………お前、作れんの」

純粋な疑問をひとつ、青峰にぶつけた。いくら頭をひねってもコイツが料理しているところなんて想像できないからだ。考えてもみろ、あの青峰がエプロンを着てキッチンに立ってるとか………ちょっと無理があるだろ。
あと、仮に料理ができたとしてもそれがちゃんと食えるものかどうかは保証できない。作ったものがすべて炭になってるとか、材料を切らないとか、調味料の分量がありえないことになってるとか。ありそうで怖い。いや、まあ、そもそもお粥なんて料理っていうほど難しいもんじゃねえけど。
ひとりで悶々と考えを巡らせる。それくらい俺にとっては重要なことだった。
だってこれ、大袈裟にいえば生きるか死ぬかってところだろ。もし桃井の料理みたいなのがでてきたら俺は確実に死ぬ。前にあいつの料理を食って倒れた奴を俺は見たんだ。

「馬鹿にすんな。おかゆぐらい作れる」

俺がよっぽど神妙な顔をしていたのか、はたまた第六感のようなもので俺が考えていることをなんとなく感じ取ったのかはわからないが、青峰が不機嫌そうに顔を歪めている。
しかしそんな青峰の言葉だけでは安心することなんかできなくて。一度疑りにかかった俺は尚も青峰を不安げに見やる。

「…桃井みたいなやつ?」
「さつきみたいにはなんねーよ!あいつは特殊だ!チッ……ちょっと待ってろ。作ってくる」

見返してやる、というように息巻いて青峰が部屋から出て行った。桃井と同じ、というレッテルを貼られたのが相当嫌だったのかはよくわからないが、なんだかやる気が妙にあるように見えた。
そんな青峰を止めることもできずに、俺はパタンとしまった扉をただただ見つめる。俺には青峰の料理がまともであることを願いながら待っているしかできないようだ。




数十分後。ドアがガンッという音をたてて開いた。両手が塞がっているらしい青峰が足で乱暴にドアを開けたようだ。なんだか文句を言うのも怠くなってきて、目で訴えるように青峰を睨む。ほんと、勘弁してくれよな。ご近所さんとは今んとこうまくいってんだから。
とりあえず心の中で下に住んでる人にうるさくしてスミマセン、と謝っておく。青峰がやったことを謝るなんてすげぇ癪に障るけどまあ、今はしょうがねえ。

…さて、次なる問題は青峰が手にしているお粥なわけだが。
わざわざお盆にのせられているお皿の中身は寝ている状態の俺からは見えるはずもなく。俺の不安を増長させるだけだった。本当に大丈夫なのか。待ってる間に変な音(皿を割る音とか、爆発音とか)は聞こえなかったけど、その静けさが逆に怖い。食えるものなんだろうか、十数分後の俺はちゃんと生きてるだろうか。ぐるぐるぐるぐる、普段あまり使わない頭を使って必死にマトモなものが出てこなかったときのことを考える。
一方当の青峰といえば、俺を先程と同じようにベッドから起こし始めた。…うん、もうこの辺に関しては何も言わねえぞ、俺は。もう疲れた。今最も重要なのはお粥だ、おかゆ。
じっとりとした目で青峰を見上げると、俺の表情を見た青峰が少し得意気に目の前にお粥を差し出してきた。

第一関門、見た目。とりあえず炭になっていることはないことに少し安堵する。卵が入っている普通のお粥のだった。
…おいしそうだな。まあ、味はどうかわからないけど。

「どう?ちゃんとできてるだろ」
「…見た目は普通だな」
「見た目は、ってなんだよ!ちゃんと味見もしたっつーの」
「味見したのか?うまい?」
「しつこいなアンタも!美味しくできたから持ってきてんだろうが!」

普段の威圧感のあるキレ方とは違う、子供のようなそれに思わず目を見張る。青峰もこんな怒り方できるんだな、なんて変な風に感心してしまった。なんだ、コイツも普通の高校一年生なんじゃねぇか、とかちょっとズレたことを思ったりして。

「…ぶはっ、ごめんって」
「……!」

ムキになった青峰の表情がなんだか可愛くて、思わず吹き出す。くくく、と喉を鳴らして笑う俺を、今度は青峰がぽかんとした顔で見つめてきた。

「?青峰、どうかしたか?」
「………なんでもねぇよ!くそっ」

気まずげにそらされた顔に疑問を覚えながらも、ふーんと軽く返事を返す。
気になることは気になるが、まずは飯だ。

「とりあえず腹減ったから食いたい。青峰、皿貸して」

ん、と手を差し出すと、青峰は皿を渡すのではなくお粥をすくったスプーンを俺の目の前に差し出してきた。
ちょっと待て。なんだこれは。
 
「はい、若松サン」
「は?」
「いや、だから、あーん」

開いた口が塞がらない。
あーんって、なんだ。青峰がアホなのは今に始まったことじゃないけどあえて言おう。コイツ阿呆か。どこぞのバカップルがやりそうなことを俺とこいつでやれと?
そこまで思考がいって、俺の中の何かが、ブチリと切れた。

「ふっざけんな!なんでそうなるんだよ!」
「若松サン今力入んねえんだろ?だから食わせてやるよ」
「ハァ!?」

頭がガンガンと痛むのも気にせず俺は思いっきり怒鳴った。しかし青峰はいうと、そんな俺など意にも返さず平然とさらにスプーンを突き出してくる。

「誰がやるか!」
「へぇー…。まあ、いらねぇんならいいんだけど。俺が食うし」

言外に「あーん以外で食べさせる気はねえ」と言ってきた青峰に、こめかみのあたりがひくりと動く。でも現在進行形で青峰に逆らうすべがない俺は、コイツに従うしかないわけで。
コイツ、熱が下がって元気になったら絶対にはっ倒す。そんなことを固く心に決意して、俺は折れた。

「………っあーんってされりゃいいんだろ!わぁったっつの!」
「さすが若松サン」

満足そうに笑みを浮かべる青峰に、今回だけだからな、調子乗るなと念を押しす。
わかったわかったと軽く返事を返してくる青峰に若干の不安を覚えるが、文句を言う前に目の前にスプーンが差し出されてきた。

「あーん」
「……あ、あー…?」
「ん。」

恥ずかしい。顔から火が出そうだ。
まさかこんなこっぱずかしいことを青峰とやることになるなんて………俺はここにきて数日前の自分を本気で恨んだ。ちくしょう、体調管理ぐらいちゃんとしてろよ馬鹿野郎。
そんなどうしようもない暴言を心の中で呟いて、青峰は差し出されたお粥をまずは一口、口にする。

「あ、うめえ…」
「だろ?見直したか」

誇らしげに胸を張る青峰に言い返す言葉が出てこなくて悔しい。確かにお粥は美味しかったし、(っていっても普通に、ってだけだが)ここで不味いなんて言うのはさすがに可哀想な気がする。
でも言い返せないのはなんだか癪にさわって、つい意地の悪い言葉が出てしまった。

「あー……一ミクロンくらい。それだけ見直した」
「…なんだそれ、どんくらいだよ」
「わかんねえんならいいよ、アホ峰」

一ミクロン、という言葉は青峰にはしっくりこなかった…というかわからなかったようだ。首を傾げて俺を見つめる青峰を、くつりと笑って軽く受け流す。

「はぁ?教えろよ」
「うっせ。ほら、はやく次」 
「……しょうがねえなぁ」

納得いかないと言いたげな青峰に、お粥をよこせと催促する。
青峰に食べさせてもらうのはやっぱり恥ずかしいし、ここまで起きた出来事のおかげで俺のプライドはズタズタといっても過言ではないが、しょうがない、と呟いた青峰の表情はどこか嬉しげで、それに俺もつい絆されてしまう。
………本音をいえば、犬猿の仲ともいえる青峰との距離がほんの少し縮まった気がして嬉しかった、なんて。
まあ、絶対口には出さないけど。






お粥を食べ終えてからしばらくして、俺は凄まじい眠気に襲われた。たぶん食後に飲んだ薬の副作用だろう。今にも閉じてしまいそうな重い瞼に必死で抵抗を試みてみるものの、薬の力には勝てず、どんどんと瞼がおりてくる。

「…あおみね…」
「…んだよ、若松サン」
「て、」
「て?」
「手ぇ、握ってて、くれ」

眠気で思考能力が低下している俺は、途切れ途切れになりながらも青峰にそう伝えると、布団の中からするりと手を出して青峰の方へと伸ばした。

昔から、熱が出たときは誰かしらに手を握ってもらっていた。小さい頃は体が弱かったからしょっちゅう寝込んでいたし、きっと幼い俺は心細かったんだろう。今では体調が悪いときにこうすることがすっかり癖になってしまった。
でも、大きくなるにつれ熱を出すことが少なくなったから、これはだいぶ久しぶりのことだ。高校生にもなって…とは自分でも思うが、なんでか今日はそうしてほしい気分だった。
青峰はといえば、差し出された俺の手を少し驚いたように見た後、おずおずと手をのばしてきた。

「…こうか?」
「ん…」
 
ぎゅっと握られた青峰の手のひらの温かさがなんだか心地よくて、俺の意識はゆらゆらと深い眠りに落ちていく。
なにか、馬鹿にするような言葉を言われると思っていたが、予想に反して青峰はなにも言わなかった。そのことに俺は少し安堵する。やっぱり、今日の青峰はいつもからは考えられないくらい俺に優しい。

正直、最初に青峰が看病することになったときは「ああ、今日は最悪の日だ」なんて思っていたけど、今考えると案外悪いもんでもなかったかもしれない。こいつの色々な表情とか、病人には優しいってこととか知れたし。お粥もおいしかったし。まあ、いつもと違いすぎて拒否反応も出たけどな。
でも、熱を出したときはなんだか心細くなるもんだから、青峰がいたのは救いだったかもしれない、なんて。おかげで俺もだいぶこいつに甘えてしまった。
…ま、でも、熱を出すなんて滅多にないことだし、少しくらいいいよな。それに、どうせ治ったらまたいつも通りに戻るだけだし。
心の中でそんな言い訳じみたことを考えて、俺はふ、と口元を弛める。

「…あお、みね…」
「ん?」
「…今日、ありがと、な…」
「…………!」

気持ちだけ、ほんの少しだけ、感謝してやる。
お前が、珍しくやさしかったから。

青峰には一生言うことがないだろうと思っていた素直な言葉を、掠れた声で紡ぐ。そんな俺の言葉に、青峰が今までに見たこともないくらい驚いた顔をしているのがわかったが、いよいよ眠気に勝てなくなった俺は大した反応が返せなかった。
治って、もし機会があったらどんな気持ちだったのか聞いてやろう。そんなことを企てながら、ゆっくりと瞼を閉じる。
右手から伝わる人肌の温かさに、意識が薄れてゆく。
おやすみ、というやさしいやさしい声に促されるように、俺は眠りについた。

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