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  てのひらの熱 A


「若松サン?」

呆然としている俺を不思議に思ったのか、首を傾げる青峰。そんな青峰を俺はまるで幽霊でも見ているかのような気分で見つめた。
だって、信じられるか?
俺様で、馬鹿で、アホで、先輩のことを先輩だと思ってない暴君がこの甲斐甲斐しさ。目を疑うってものだろう。
なんだよ、ペットボトルを開けて渡すって。どんだけだ。なんだか別の意味で頭痛がしてきた。

…とりあえず落ち着こう。
そう思い、先ほど渡されたポカリを一口口に含む。程よく冷えたそれは、痛む喉を潤してくれた。これなら多少声を荒げても大丈夫そうだ。まあ、いつものような大声は出せないだろうけど。

「ふぅ……」

蓋を閉めてさて…と改めて青峰を見る。今までずっと俺の方を見ていたのか、ばちりと目があってしまって若干気まずいが、今はそんなことを言ってる場合ではない。

今日の青峰は、おかしい。

…そりゃまあ、いつもの暴力的なのよりはよっぽどいいと思うし、きょとんとした顔でこちらを見る青峰はいつもと違ってどこか年相応の可愛さがあるけど………。
………………………。
………………待て。なに考えてんだ、俺。熱で頭がうまく働いてくれてないのか。青峰だけじゃなくて俺までおかしくなったのか。

青峰を、可愛いって、なんだ。

「っありえねえだろ!!!」
「うおっ!?いきなりなんだよ!」

突然大声を出した俺に青峰が驚いた声をあげる。あ、てか今叫んだせいでまた喉痛くなってきた。落ち着くために、と飲んだポカリは今やなんの効果もなしていない。
先ほどからする頭痛や、熱を出したときに感じるどうしようもない熱さとは別に、体が熱を持って心臓がどきどきばくばくと物凄い音を立てている。
これは、この感覚は知っている。まだ中坊だった頃、隣の席の女の子に感じたことがあるやつだ。でも、今この状況で、こんな奴に対して感じる感覚ではない。冗談じゃねえ。俺はこいつのことが大嫌いなはずだ。そう、嫌いなはずなんだ。

「………おい、アンタ大丈夫かよ」
「……るせぇ…」

顔を覗き込むように屈んだ青峰から逃げるように俯く。
なんだよ。話しかけんな、俺は混乱してるんだ。放っといてくれ。いつもみたいに、興味ねえって、知らん顔してくれ、頼むから。

「顔真っ赤にして俯くし…あ、まさか熱上がったのか?」

ぺたり。
青峰のてのひらが額に触れた。
熱を測るためであるその行動は、さらに俺の心臓を大きく揺り動かす。
青峰のくせに、なんだよそれ。熱の測り方なんて、もっと他にもあるだろ。そこの棚の上に体温計もあるし、わざわざ手のひらでやるなよ。
本当に調子が狂う。いつもと違うどこか柔らかい雰囲気の青峰にも、そんな青峰に柄にもなく緊張して、心臓をばくばく鳴らしている俺も、なにもかも。たださえ久しぶりに熱を出して、(これでも)弱ってるっていうのに。
頭痛い、熱い、恥ずかしい、嬉しい。
嬉しい?なにが?
ああもう、本当に勘弁してくれ。
考えるのは苦手なんだ。

「あっつ……そんな熱は上がってねえ気ぃするけどな…」
「青峰、も、大丈夫だから、手ぇ離せ…」
「おお」

パッと離された手に安堵して、知らず知らずの内に詰めていた息を吐き出す。どくどくと音を立てる心臓は相変わらずで、まだ落ち着きを取り戻していないが、どうやらこれ以上ひどくなることはなさそうだ。胸に手を置いて、落ち着け落ち着け、と暗示をかけるように小さく深呼吸する。

そこでふと、あることを思い出した。

「……そういやお前、なんで家にいるんだよ」

そうだ、そもそも俺はこれを聞きたかったんだ。色んな事がありすぎて忘れていた。
起きたら自分の部屋にいて、なぜか青峰がいた…っていうこの状況はどう考えてもおかしい。
大体、鍵とかはどうした。というかまず、なんで俺の部屋の番号を知っている。アパートがどの辺にあるかとかまでならともかく、何号室かだなんてこいつに教えた覚えはない。招いたこともないし、そんな機会なんて今までも、そしてこれからもないと思っていたから。
なのに、何故。

「あー…たまたま体育館に行ったらアンタが丁度倒れるとこで。…その、…かけよっ………様子見にいったら今吉サンが…」
「今吉さんが?」
「若松サンみたいなガタイがいいのを運べんのはお前だけだから、みたいなこと言われて、まあ、半分無理矢理」
「……なるほど」

そういう流れなら納得がいく。今吉さんなら俺の家の場所を知っていてもおかしくないし(あの人は桃井ほどじゃないけど、なんだか知らなくていいことまで知ってるから)、今吉さんに半分命令されたような形で、青峰が渋々それを実行するのも安易に想像できる。大方、こいつが大事にしているマイちゃんとやらの写真集を燃やすぞ、とでも言われたのだろう。

「……ん?…つうことはここまで俺を運んだんだよな?……まさか、」
「あ?ここまでおぶってきたに決まってんだろ」

おんぶ。
コイツが俺を。
 
その様子を想像してしまい、とんでもなくシュールな図に思わず眉間を押さえる。190cm越えの男が、同じくらいのタッパの男をおんぶするなど、端から見たら相当暑苦しいし痛々しいだろう、色んな意味で。
運んでもらった身でどうこう言うのは間違っていることだと重々承知しているが、これだけは言わせてもらいたい。
何か他に方法はなかったのか。

「まあ荷物とかを持ったのはさつきだけどな。さすがにアンタをおぶって荷物は持てねえし」

口には出さずに心の中でぼやいていると、青峰が我らがマネージャーの名前を出してきた。思わぬ第三者の名前に俺はすかさず反応する。

「えっ、桃井も一緒にきたのか?じゃあ今どこに…」
「…あいつは学校に戻った」
「は、ああ!?」

もしかしたら青峰と二人きりというこの状況から逃れられるかもしれない……そんな淡い期待を込めて居場所を聞いたのだが、返ってきたのはそんな期待を一瞬で打ち砕くものだった。
学校に戻ったって、なんでまた。よく気の利く桃井なら、俺のことを青峰に任せてどこかに行くなんてしないと思ったのに。…いや、あいつも色々忙しいだろうから、まあしょうがないのかもしれねえけどさ…。
腑に落ちぬまま顔をしかめていると、そんな俺から何か感じ取ったのか青峰が経緯を話し始めた。

「あのな、ここに着いてアンタを寝かせたすぐ後にさつきの携帯に今吉サンから連絡があったんだよ」
「今吉さんが?なんでまた…」

先ほども話出てきた今吉さんがまた突然出てきて、そのことに首を傾げる。
電話とは、なんだろう。
…あの人のことだから単純に心配してってことは……まあ六割くらいの確率でないだろう。そもそも俺を青峰に運ばせた時点で、この状況を楽しんですらいそうだ。ああ、あの胡散臭い笑顔が頭に浮かぶ。

「………あー…、今日は練習出なくていいからアンタの看病しろってな」
「…………は?」

どうせろくなことではないだろう…。そう高をくくっていた俺だったが、予想の斜め上をいく青峰の言葉に思わず気の抜けた声をあげてしまった。
そんな俺を知ってか知らずか、青峰はつらつらと話を続ける。

「さつきは引き継ぎの時に言い忘れたこと伝えっから早く帰ってこいって言われたらしいし、俺に必要なもん押し付けてソッコー学校に帰った」

言葉が出ないとはこういうことを言うのか。
なんだその急な展開は。
青峰の話をぽかんとした顔で聞く俺はさぞ間抜けだろう。でもさすがにこの展開は予想していなかった。さすが今吉さんというべきなのかなんというか…。というか、やっぱりあの人おもしろがってるだろ。

はぁぁ…と深い溜め息をひとつ。
話を聞いたおかげで、青峰と二人きりというこの状況からは逃れられないことがわかった。まったく嬉しくない。というか、最悪としか言いようがない。何が悲しくて俺はこんなガタイのいい男に、さらに言えば犬猿の仲である青峰に看病してもらうことになってしまったのか。
熱のだるさに加えてどっと疲れが押し寄せてきて、ヘッドボードに寄りかかりながらずるずると上半身を横にしようとする。するとすっと横から浅黒い腕が伸びてきた。

………寝かせてやるってか。俺は小さいガキかよ。

そう思いつつも体が言うことを聞いてくれないのは事実なのでされるがまま。起こしてもらった時同様、青峰に横にさせられる羽目になった。
精神的ダメージがやばいな、これ。
遠い目をしつつぼんやりとそんなことを思う。そんな俺に対して青峰はというと、起き上がった時に落ちてしまったタオルの代わりに冷えピタを用意しているようだった。どうやら本当に今日は今吉さんの命令通り、ちゃんと看病をする気らしい。ここまで甲斐甲斐しい青峰には薄ら寒いものを感じるが、ひとりでいても何もできないのはわかっているし今日は甘んじて受け入れよう。
諦め半分にそう自分を納得させて青峰の行動を観察する。すると今まで冷えピタを手にしていた青峰がふと時計を見て何かを考え込むような素振りを見せた。一体どうしたんだろうか。

「………若松サン、腹減ってねえ?」
「……へ?」

少しした後、青峰は突然そんなことを言い出した。それで時計を見た理由がわかったわけだが……なんでそんなことを聞いてきたのかはよくわからなかった。とりあえず腹は減っているので素直に答えてやる。

「……まあ…腹減ってる、かな」

朝はあまり食欲がなくてろくなものを食べていないから、さすがに何か口にしないときつい。控え目にそのことを伝えると青峰はなるほど、とでもいうように頷いてから近くにあったビニール袋を手にとって俺の前に掲げた。

「おかゆの材料、さつきから預かってんだけど……食う?」

青峰のとんでもない提案にピシリと固まる。

ちょっと待て。
おかゆって、まさか、お前が作んの?

別人のような青峰に若干慣れてきた午後一時過ぎ、俺は青峰の発言にまた頭を痛めた。



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