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  身を焦がすような恋だなんて


※学パロ。幼馴染み設定。



 幼馴染みって、どうしてこんなに近くて、どうしてこんなに遠いんだろう。

 こんなのあんまりだ、だなんて。

 君に恋した時から、ずっと思ってる。





「ナツ!お前いい加減起きろ!!」
「んー…あと五分…」
「ダメだ!それで何度遅刻しそうになったと思ってんだよ、このバカ!」
 
 朝からナツの部屋に怒号が響き渡る。毎朝恒例のこのやりとりは、飽きられることもなく、今日も繰り返される。むしろ二人の日課とも言っていい。グレイとナツは所謂幼馴染みというやつで、小さい頃からずっと一緒に過ごしてきた。それは高校生になった今も変わらない。

「ほら、早く着替えろよ。俺下で待ってっから」
「おう。すぐ行く…」
「二度寝なんかするんじゃねーぞ」
「わかってるっつの!」
 
 笑い合いながら言葉を交わす。朝から晩まで顔を合わせているのだから、もはや家族のようなものなのだ。

 ───本人たちの気持ちを置いておいた場合は、だが。

 グレイとナツは、お互いに恋情を抱いている。
 いつから、だなんて明確には覚えていない。気がついたら、好きで愛しくて大切でしょうがなかった。
 その想いが伝えられることは、未だにないのだけれど。






 朝、遅刻ギリギリで学校に行き、面倒くさい授業を受けて、待ち望んでいたお昼休み。グレイと一緒に弁当を食べて他愛のない会話をする。そしてまた授業を受ける。そんないつも通りの平和な学校生活を終えた放課後、ナツはグレイを探して校内を歩き回っていた。
 行き帰りは一緒に。そんなきまりがいつの間にかできていたグレイとナツは、いつも二人で帰っていた。今日だって、いつもみたいにナツがグレイのクラスに顔を出し、帰ろうと思っていたのだ。だが、いつもクラスにいるグレイは鞄だけ残してどこかにいってしまっていて。グレイのクラスメイトに聞いても知らないと言うし、しょうがなく彼が行きそうなところを探しているわけだった。

 そんな時。

「…っ好きです!あ、あの、良ければ、私と付き合ってください…!」

 どこからか聞こえてきた可愛らしい少女の声。告白か、青春だな…なんてナツはのんびりと思った。
 自分は叶わないとは知っていてもグレイが好きなのだし、告白するなど一生無縁だとナツは常々思っている。ここで告白される可能性を考えないのがナツという男だ。

「(そんなことよりグレイ探さねえと…帰りが遅くなっちまう)」

 そう思い、なんとなしに辺りを見回す。その時、空き教室に見慣れた姿を見つけた。先ほどからずっと探していたグレイだ。
 やっと見つけた、と顔を輝かせ、ナツはグレイに声をかけようとする。探させた罰にアイスでも奢ってもらおうなどと考えながら。しかし、それは思考するだけに終わった。
グレイの真正面にいる、茶髪で背の小さい女の子がナツの視界に入ったからだ。
 そこでやっと、さっき聞こえてきた女の子の声はここから聞こえてきたものであると悟る。要するに、グレイが告白されているのだ。
 どうしよう、と思うのも束の間、ナツの心臓はどくどくと嫌な音を立て始める。とりあえず告白が終わるまでどっかに行ってないと…そう思うのに、ナツの体は金縛りにあったように動かない。
 グレイがどう返事するのか、確かに気になる。しかし、聞いてどうするというのだ。どうせ、自分には関係のないことだ。絶望するにしても、安心するにしても。グレイは自分のことを幼馴染みとしか思っていないのだから───。

「あー…その、なんつーか…」

 ナツがそんな考えに浸っていると、ふいに気まずげなグレイの声が聞こえてきた。思わず、ぱっとグレイの顔をみる。
 その時ナツの目に入ったのは、グレイの少し困ったような、照れたような顔。
 あんな顔、知らない。見たことない。こんなに長い間、一緒にいたのに。
 ナツは崖から突き落とされたような、そんな衝撃を受ける。グレイの告白現場も、自分とは正反対な可愛い女の子も、告白されたグレイの表情も、なにもかもナツには酷すぎた。

「……っ…!」

 耐えきれなくなって、その場から逃げ出す。走って走って走って、気がついたら、昔グレイと見つけた夕日が綺麗に見える小高い山まで来ていた。小さい頃二人で遊んでいるときに見つけた場所。二人だけのひみつだよ、だなんて笑いあった、グレイとナツの大切な場所。
 そこまで思い出して、ずっと堪えていた涙がナツの瞳から溢れ出す。ぼろぼろと溢れて止まらないそれは、頬を伝い、大事にしているマフラーにじわりじわりと染みを残しては消えていく。
 …ああ、もう。この想いを伝えられたなら、どんなに楽だろうか。好きだと、愛してると言えたなら、どんなに。

 そんなの、ただの夢物語だとわかってはいるけど。

 ナツはどうしようもなく怖いのだ。自分のこの気持ちが、今のグレイとの心地よい関係を壊してしまうのではないかと。
 もし、気持ちを伝えたらグレイはどうするだろうか。そう考えた時に思い浮かぶのは、少し困ったように笑うグレイの姿だった。グレイは優しいから、きっと気持ち悪がらずに笑ってくれるのだろう。ごめんな、と。
 でもこんなイレギュラーな気持ち、普通に過ごしている人間からすればそれだけで済まされるはずがないのだ。嫌悪し、嫌われるのがよくあるシナリオというもの。受け入れられるなんでほんの数パーセントの話だ。わかっているからこそ、言えない。踏み切れない。ひた隠しにして、想うくらいしかできないのだ。

 吐き出せるのなんて、ひとりの時だけ。

「…グ、レイ…すき、…っ好きだ…!」

 ナツは日が暮れるまでその場所で泣き続けた。






「……ただいま」
「っナツ!」

 どんよりとした気持ちでナツが家に帰宅したのは、日が暮れてからさらに数時間経った頃だった。玄関をあけて、まず目に入ったのは見慣れたグレイの靴。それから少しして奥からドタバタという足音と共にグレイが出てきた。
 今のナツにとって、帰ってきてすぐにグレイと会うというのは、さっきまでのことが思い出されてしまってつらいものがあったが、グレイの焦ったような、眉尻を下げたなんとも情けない顔に何も言えなくなってしまった。
 しかしグレイのそれも、一瞬で強張ったものに変わる。

「…っの馬鹿!今まで連絡もなしにどこに居たんだ!皆、どれだけ心配したと思って…!」
「……………グレイは?」

 ふいにナツからぼそりと聞こえた声に、グレイが頭にはてなマークをとばす。グレイは、とは一体どういう意味だ。

「グレイは、心配、したか?」

 グレイの困惑した様子を感じとったのか、俯きがちなナツが弱々しく言う。

「…そんなの、」

 そんなの、当たり前だろう。
 大切で、愛しくて仕方がない幼馴染みが、連絡もなしに夜まで帰ってこなかったのだ。心配なんて、死ぬほどした。探しにだって行ったくらいだ。最終的にはナツの父や自分の母に少し落ち着け、と言われて家にいることになったが。ナツがもっと遅い時間に帰ってきていたら、どうしていたかわからない。

「…心配したに決まってんだろ…!」

 色々押し殺したような、そんな声色だった。それを聞いてナツは少し安心したように吐息を吐く。自分は、グレイの中でちゃんと大事な"幼馴染み"として存在している。まだ、大丈夫。そうやって幼馴染みとして確立している限り、自分は大丈夫だ。
 例え、グレイが今日のあの女の子と付き合うことになっても。

「……そっか、ごめんな」

 そう言ってやっと顔を上げたナツの目元は赤くて、少し腫れていた。それに気づいたグレイは自分の部屋へ行こうとするナツの腕をがしりと掴む。

「…ナツ、その目どうしたんだよ」
「っ、なんでも、ねえよ。離せ、」
「離さねえ。何かあったんだろ?言えよ、どうして…」
「離せよ!!!」

 悲痛な色をのせた叫びが響いた。
 振り払われた手、グレイの呆然とした顔、ナツの今にも泣き出しそうな表情。
 なにもかもが、二人が出会ってから過ごしたここ十数年間の中で見たことのない、初めてのものだった。

「わ、りぃ…もう、帰ってくれ…大丈夫だから……」
「……ナツ!」

 痛いほどの静寂を破ったのはナツの方。グレイの顔を見ることもせずに、二階の自室へと上がっていってしまった。
 一人残されたグレイはその場で立ち尽くす。

「…んだよ、あの顔…」

 ナツのあんな顔、初めて見た。
 グレイの知っているナツは屈託のない笑顔で笑う向日葵のような奴で、泣いたり、怒ったりした時も目の光を失わないような、そんな真っ直ぐな奴で。
 なのに、あんな、傷ついた弱々しい表情。
 行き場のないもやもやとした怒りがグレイの心をかき乱す。

「くそっ…!」

 ダンッと力任せに壁を叩く。ものすごい音を立てた壁も、痛む拳も、この際なにもかも無視だ。
 自分は、何もできなかった。
 泣きはらした目尻を見つけても、傷がつくほど強く握り締めた拳を見つけても、見ているこっちがつらいくらい痛々しい表情を目の前にしても、なにも、本当に何もできなかったのだ。

「ナツ……」

 やりきれない気持ちで、ズルズルとその場に座り込む。
 例えば。例えばの話だ。
 もしこれが、恋人同士であれば。もっと何かできたのだろうか。
 抱きしめたり、キスしたり、頬を撫でたり。優しく声をかけて、何があったのか聞いて、傷ついたナツを癒やしてやることができたのだろうか。
 しかしグレイとナツは所詮幼馴染みという関係でしかない。
 一歩踏み出せば、なんて、数え切れないくらい考えた。でも、結局怖くて、いつもすんでのところで留まってしまう。今まで培ってきた幼馴染みという、生温く優しい関係が壊れるのでは…そう考えると、何もできなかった。いつの間にか臆病になってしまってた自分に、グレイは自嘲的な笑みを浮かべる。

「ナツ……好きだ…、あいしてる、のに…」

 小さく呟かれたその気持ちは、誰に聞かれることもなく静かに壁に吸い込まれていった。

 一歩を踏み出す勇気が足りなくて、いつまでも変わりのないこの関係。臆病者な自分の、この恋の行方はまだわからない。



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