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  好きになんかなってやらない


※グレイ先生とナツ君



 突然だが、オレにはストーカーがいる。

 いや、本来は尊敬すべき存在であるはずなんだけど。後ろから抱きついてくるような変態ではなくて、しっかりとした教師のはずなんだけど!
 頭上から聞こえてくる荒い息づかいに、オレは若干の目眩を覚える。

 もうなんつーか本当に…
 どうしてこうなった。


「ちょ、いい加減やめ……っやめろぉぉぉ!!」
「んー?先生にそんな口きいていいのかな?ナーツくん」
「テメェが言えた口かこんのアホ教師ィィィィ!!」

 ごすっ。
 鈍い音と呻き声が背後から聞こえてきたのと同時に、オレにひっついていた体が離れる。そしてそのまま廊下にのびてしまった1人の男。名をグレイ・フルバスターという。
言わなくてもわかるとは思うが、冒頭で述べたストーカーも後ろから抱きついてきていたのも、頭上から聞こえていた荒い息づかいも全部こいつだ。いや、うん。これでも一応オレのクラスで数学を教えている教師なんだけどな。

 この学校に入学してから早8ヶ月。一目惚れだかなんだか知らねーが、最初の授業で「好きだ!」と告白されたのが事の始まりだった。(この後先生方の中でだいぶ問題になったのは言うまでもない。)それからというもの、オレはずっとこいつからアプローチという名のセクハラを受けている。そりゃもう毎日のように。
 しかも最初こそ問題視されていたグレイの行動も今では黙認されていて。もうすっかりこのセクハラは日常の一部と化している。オレはこの学校の自由な校風が大好きだが、これはさすがにどうかと思った。だって現に生徒がセクハラに苦しんでるわけだしな。

「あーもう本当にやだこの変態…早くクビになればいいのに」
「クビとか縁起でもないこと言うなよ、物騒だな」
「うわっ、もう起きたのかよ。つーかお前の存在自体が物騒だろセクハラ教師!」
「こらこらナツ。いくら俺達が親しいからって敬語は使わないとだめだぞ☆」
「うっぜぇぇぇぇぇぇ!!」

 驚異の回復力で起き上がったグレイに思いっきり嫌そうな顔をしてやる。もうこいつに"先生"として対応してやる義務などない。誰がなんと言おうと絶対にない!

「ったく…つれねぇなぁ…」
「グレイが気持ち悪すぎるからだろ」
「うっわひど!先生に対してそんな態度とっていいのかよ!!」
「セクハラしてくるような奴を"先生"なんて呼ぶ必要はねぇ!」

 こんな調子でしばらくの間グレイとギャーギャー言い合ってから、「あっちいけ!もう来んな!」と言い捨ててさっさとクラスに逃げ込む。この後たださえ嫌いな英語の授業があるってのに、グレイに付き合って無駄な気力は使いたくないからな。
 バンッと勢いよく教室ドアをしめてから、一番仲が良いルーシィの元に直行する。もちろん愚痴を聞いてもらうためにだ。

「あーくそ、疲れた…」
「お疲れさま。またグレイ先生と痴話喧嘩?」
「痴話喧嘩じゃねぇ!ルーシィも一回セクハラされて見ろよ、本当にイラつくんだからな…!」
「ちょっと!女の子にセクハラされて来いってどういうこと!?」
「え、女の子?」
「なにその『誰が?』みたいな反応!失礼よ!!」

 心外だわ!こんなに可愛い子捕まえといて!なんて言ってプンプン怒っているルーシィに軽くごめんごめんと謝る。
 ああ、なんて平和なんだろう。あいつといるときとは大違いだ。グレイといると疲れるし、イラつくし、キモいし、ウザいし…!

「…本っ当に最悪だ…!」
「グレイ先生が?」
「それ以外に何があるんだよ…」

 そこから常日頃から思っているグレイの愚痴をルーシィにこぼす。この光景にもなれたもんで、ルーシィも相づちを打ちながら聞いてくれている。とりあえず一通り、ウザいだとか本当にクビになれだとか大体オレは男だだとか色んなことを言いまくった。言っても言っても文句が尽きないあたり、本当にオレはあいつが嫌なんだなと改めて思う。というかあんだけセクハラされて嫌にならない方が不思議なんだけどな。
 …と、まあそんな調子でずっと悪態をついていたところで、それまでひたすら相づちを打ちながら聞いてくれていたルーシィがふいに口を開いた。

「ナツってばいつもグレイ先生のことキモいとかウザいっていうけど、グレイ先生って人気あるのよ?」
「は?あいつがぁ?」

 突然のルーシィの言葉にオレは思いっきり顔を歪める。
 人気があるとか信じられない。あんな変態セクハラ教師のどこにそんな要素があるのか、この時点でオレにはまったくもって理解できなかった。
 そんな様子のオレを見てなにかを感じ取ったのか、ルーシィはご丁寧にも説明をし始める。

「だって授業もわかりやすいし、運動もできるし、女子には優しいし、なによりかっこいいし…」

 指を一つ一つ折って数えていくルーシィの言葉にオレは思わず言葉に詰まる。
 グレイの授業をいつもサボっているオレにはわかりやすいとかはよくわからないけど…(サボるのはしょうがないことだと思う。だってあいつ、授業中だろうと何だろうと何してくるかわからないし)…運動が出来るのは確かだ。バスケ部の顧問をやっていることは知ってるし、何度かやっているところを見たこともある。3Pシュートやダンクシュートをバシバシ決めてて柄にもなくすげぇな、なんて思ったのを覚えている。
女子に優しいってのも…重い荷物を持っている子に声を掛けて変わってあげてたのも見たことあるし。
 顔だって、いつもはあまり気にならないけどちゃんと見たらと整っているのを知っている。俗に言うイケメンというやつだ。思い返してみたら思い当たることばかりで、いつものように言い返せない。

「ゔ…わかってるよ…んなこと…」

 素直にそう言うと、ルーシィは少し驚いたように「あら」と声をあげた。
 ?なんだ?

「てっきりいつもみたいに『ありえねぇ!』って言うかと思ってた……なーんだ、」


「ナツってば、嫌がってるわりにグレイ先生のことよく見てるのね」

 ルーシィのその言葉にはっとした。確かに、そうかもしれない。
 そう自覚した瞬間に、知らず知らずの内に顔に熱が集まる。
 なんだこれ、なんだこれ…!

「…っそ、んなわけねぇだろ!」
「そうかしら?」
「そうだ!」

 思わず口から出たのは否定の言葉。
 だって認めたくない。誰が、誰があいつのことなんか…!
 そう思うも顔に集まった熱は冷めないまんまで、きっと今のオレの顔は真っ赤になっているんだと思う。その証拠にルーシィはさっきからニヤニヤしているし。好奇心満載な視線がいたたまれない。

 キーンコーンカーンコーン…

 どうやってこの話からルーシィの気を逸らそうかと考えてあぐねていたら、丁度よくチャイムがなった。ルーシィは「もっと色々聞こうと思ってたのにざんねーん」とかなんとか言ってるがこっちとしては冗談じゃない。本当に、チャイムが鳴ってよかったと心から思う。オレはルーシィから逃げるように自分の席に着いた。



 始まった英語の授業中、頭に浮かぶのはさっきのルーシィの言葉。

『ナツって嫌がってるわりにはグレイ先生のことよく見てるのね』

 オレが、あいつを見てるって?
 ありえない。というか、認めたくない。いや、さっきはそうかもしれないとか思ったけど!やっぱりありえねぇ!誰があんな変態のことなんて!!

 訳のわからない、モヤモヤした気持ちを抱えながら授業を受けるオレが廊下に立たされるまであとジャスト二十秒。



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