note

  僕の弱点 君の涙


※学パロ 


 一時限目の開始を知らせる為に放送が、ジジ、と小さく鳴いた。勉学に励む一日の始まりを、チャイムは無情にも学校中に知らせ、それを聞いた生徒たちは小さく溜め息を吐く。いつもの日常が始まった。

 2年A組の一時限目の授業は数学。担当教師はエルザである。エルザは優しいながらも真面目で厳しい先生ということで有名であった。もちろん、授業中の態度などはよく見ており、寝ているのが見つかったときなどはもう、言葉に出来ないくらい恐ろしい。生徒たちの中では「エルザの授業で寝るなど言語道断。絶対に許されない」、そんな暗黙の了解があった。
 ……のだが。

 一人だけ例外がいた。窓側の一番前の席でこっくりこっくりと動く桜色。     
 ナツだ。

「ナツ、ちょっと!ナツってば!」

 そんなナツを後ろの席であるルーシィが小声で声を掛けながらつついたり、椅子を蹴ったりしてなんとか起こそうとしている。だが、当のナツはまだ夢の中。起きる気配がまったくない。

「ナツ!エルザに怒られちゃうよ!起きて!」
「ん…?ルー…シィ?」

 エルザ、という単語に反応したのかナツがやっと眠そうに瞳を瞬かす。だが、時すでに遅し。

「ナツ、私の授業で寝るなどいい度胸だな」
「ひっ…エルザ…!?」

 気がつけば、エルザがナツの机の前に仁王立ちをしていた。ゴゴゴゴ…という、どこぞの魔王やラスボスが背負ってそうな効果音付きで。
 クラス中の誰もが、心の中で合掌した瞬間である。




「………で、この課題をやることになったと」
「……まぁ、そういうことだ」

 放課後の教室でナツから事の顛末を聞いて、グレイは大きく溜め息をついた。ナツと一緒に帰ろうと思ったらこれだ。溜め息の一つだって吐きたくなるものである。

「しかもこんなにかよ…」

 机の上にのせられている課題は辞書くらいの厚みがある。これをどうやって今日中に終わらせろというのだ。考えただけで頭痛がする。
 グレイはうんざりとした様子でナツを見やる。

「今日は帰れないんじゃねぇの?これ…」
「…やっぱグレイもそう思うか…?」 

 ナツは顔を引きつらせて今まで見ないようにしていた課題に視線を移す。額には冷や汗を流しながら。
 寝ていたナツもナツだが、一日でこの量の課題を終わらせろと言い放ったエルザも大概鬼である。本人には口が裂けても言えないけれど。
 グレイがそんなことを考えていると、課題を見つめたまま黙り込んでいたナツがふいに口を開いた。

「…グレイ、一生のおねが」
「断る」
「何だよ!まだ何も言ってねえじゃねぇか!」
「お前が何を言おうとしたのかなんて聞かなくてもわかるんだよ!」

 言い切る前に一刀両断。
 それもそうだ。普段グレイにものを頼むことをしたがらないナツが「一生のお願い」だなんてろくでもないことに決まっている。しかも今までの流れ的に、どう考えたって内容は一つしかない。

「頼む!少しだけでいいんだ!手伝ってくれ!」

 ほら見ろ予想通り。
 十中八九そう言われるだろうと思っていたグレイはやっぱり…ともう一度溜め息をつく。

「なぁ、頼むグレイ!今回だけだからさ!」
「…お前この前もそんなこと言って俺に仕事手伝わせなかったか?」
「う…」

 必死に頼み込むナツの姿に見覚えのあったグレイはそう指摘してやる。思い出されるのはつい一週間前の出来事。今回だけだから、と言われてグレイは締め切り間近だったナツの委員会の仕事を手伝ってやったばかりだったのだ。
 指摘してやればナツもそのことを思い出したのか、ぐ、と言葉に詰まって俯いてしまった。

 それからしばらくの沈黙。
 ナツは俯いたまままったく顔を上げず、何かを話す出す気配すらない。そんな沈黙に耐えきれなくなったグレイが先にナツに声を掛けた。

「…ナツ?」

 すると、それに答えるかのようにナツが小さく呟いた。

「なぁ…頼むよグレイ…。このままじゃまじで終わらねぇよ…」
「だからなぁ…。さっきも言っただろ?そもそもこれはナツ自身が招いた事じゃねぇか」

 何を言うかと思えばこれだ。
 諦めて自分の力でやれ、という思いを込めてグレイはナツを諭す。するとナツがふいに顔を上げた。
 ナツの顔を見てグレイは思わずぎょっとする。それもその筈、顔を上げたナツの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいたのだ。動揺せずにはいられない。
 自分が泣かせた訳ではないのに妙にどぎまぎしてしまっているグレイの心中なぞ知らず、ナツは今にも泣き出しそうな、そんな表情でぽつりと呟いた。

「どうしても…だめか…?」

 涙目、上目使い、不安そうな表情、消え入りそうな声。
 本人は意図してやっているわけではないだろうが、グレイにとっては正直、目に毒だった。

「なぁー…グレイー…」
「ゔっ…」

 今日は絶対に手伝わないと決めていたはずのグレイの心が揺らぐ。グレイは何かとナツの涙に弱い。昔っからそうだった。
 普段強気で、元気一杯なナツがたまに見せる弱さだからなのか、はたまたただの惚れた弱みというものなのか。もしくは両方か。まあとにかく、何度も言うようだがグレイはナツの涙に弱い。
 ほら、今回だって。

「しゃ、しゃーねぇ…今回限りだからな」

 結局、折れるのはグレイなのだ。

 頭をがしがしと掻きながらグレイはぶっきらぼうに言い放つ。すると、途端にナツは沈んでいた表情を"ぱああっ"という効果音がつけたくなるような笑顔に変える。

「本当かっ!?ありがとうグレイ!大好きだ!」

 なんと安い『大好き』なのだろうか。普段どう頑張っても聞けない言葉がこんな、課題を手伝うと言っただけで聞けるなんて。グレイは少し涙ぐむ。喜ばしいことのような、悲しいことのような。何だか複雑な気分である。
 しかし、当のナツといえばそんなグレイの心情などつゆ知らず、「これとこれをやってくれ!」なんて課題を仕分けしている。さっきの泣きそうな表情がまるで嘘のようだ。

「はぁー…なんか報われねぇよな…これ…」
「?なんか言ったかグレイ」
「…いや、何でもねぇよ。それより早く課題やろうぜ」
「おう、そうだな!」

 何となく腑に落ちないが、しょうがないとグレイは自分を宥める。これもすべてナツに惚れた弱みというやつなのだろう。
 きっと次も、そのまた次も。更に言えばこれから先ずっと、自分はナツの涙に弱いのだろう。そんなことを思いながらグレイは、急にハキハキとしだしたナツから受け取った課題を大人しくやり始めたのだった。



prev next

[back]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -