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  愛しい君


「なぁ、グレイ」
「なんだ、ナツ」

 今日はクエストに行く予定もなくギルドでのんびりとしていたオレは、ふいにナツに名前を呼ばれた。何かと思って返事を返したが、肝心のナツは黙ったままこちらを見つめるだけで、まったく次の言葉をよこさない。…というか、よこすつもりがないと言った方が正しい様子だった。
 ただ、こちらをじぃっと見つめるだけで何もしようとしないナツ。いつもならクエストの話をしたり、どうでもいいくっだらないやりとりをして喧嘩が始まったりするところなのに、一体どうしたんだろうか。

「…ナツ?どうした?」
「んー…」

 どうした、と問いかけてもナツは「んー」とか「あぁ」などの生返事を返してくるだけで、やはり用件を言ってくる気配がない。こっちは見ているが、どこか上の空って感じだった。
 このままでは埒があかない。そう思ったオレはしょうがなく先程まで読んでいた雑誌に視線を戻すことにした。明確な反応がないのなら致し方ない。正当な判断だと思う。

「…グレイ」

 雑誌に目線を戻して、さぁどこまで読んだっけ…などと考えてたら、すぐまたナツに名前を呼ばれた。
 正直少しイラッとしたが、いやいや少し待てと自分を宥める。もしかしたら今度は用があるのかもしれない。そう思ったオレはさっきと同じように返事を返す。

「なんだよ、ナツ」
「グレイ」
「だからなんだ?」
「グレイー」

 しかし、またもやナツはオレの名前を呼ぶだけで、他に何かを言い出す気配がない。
 さっきからなんだってんだ?
 こうも同じようなやり取りを繰り返されては参ってしまう。今日は珍しくのんびりできる日なんだ。変なことで時間を削りたくないし、イライラだってしたくない。しびれを切らした俺はナツに問いかけた。

「さっきからなんだよ、ナツ。何か用があるんならさっさと言えって」
「ん?いや別に、何か用がある訳じゃねぇんだけどよ…」

 特に用はない、と言うナツに拍子抜けする。本当に何なんだ、コイツ。また何か変なものでも拾い食いして頭おかしくなったのか?
 若干の心配と不安を抱えつつ、オレはじゃあなんでそんなに呼ぶんだ、とナツに問う。するとナツはオレの問いに一瞬きょとんとしてから、少し照れ臭そうに微笑みながら話し始めた。

「なんかさ、好きなヤツの名前って、呼ぶだけで幸せになれるなーって思って」

 ………………。
 多分…いや絶対だな。確信した。オレの顔、今真っ赤だわ。
 本当にコイツは、いつもツンツンしてるくせになんでこういう予想外なところでものすごい爆弾を投下してくるんだろう。おかげで不意打ちをくらったオレの心臓は死ぬんじゃないかってスピードで脈打っている。いつもこれくらい可愛げがあればもう少し耐性がつくというのに。

「反則だ…」
「?グレイ?」

 思わずそう呟くと、ナツがこてん、と不思議そうに首を傾げた。その動きはサラマンダーとか言われてる火竜の滅竜魔導士の面影なんかまったくない。
 ああ、くそっ腹立つほど可愛いな!
 大体、あんなことを言ったらオレの色んな、そりゃもういろっいろなな歯止めが効かなくなるとか思わないんだろうか。
 ……思わないか。
 だってナツだ。オレが猛アタックを仕掛けても喧嘩売ってるだけだと思っていたぐらい恋愛ごとには疎い奴が、そんなことに気づくはずがない。
 毎回理性を総動員させて色んな誘惑に耐えているオレの苦労をこいつはまったく知らない。そのことに改めて気付かされて、なんだか無性に腹が立ってきたのを感じる。

「ナツ」
「ん?なんだグレイ!」

 ゆらりと席を立って、テーブルの向かい側に座って元気よく返事を返してくるナツを見下ろす。何もわかっていないサラマンダーはこちらを不思議そうに見るばかり。
 少しくらい警戒しろよ。
 そう思いつつ、隙だらけのナツの唇に仕返しのつもりでキスを一つ落とした。

「……え、………ハァっ!?」

 するとナツは、案の定というかなんというか。すぐに耳まで真っ赤になってしまった。警戒してないからそうなるんだよバーカ。口には出さずに初なナツの反応を密かに笑う。
 ワンテンポ遅れてキスされたことにわたわたと慌て、オイここギルド、なんて文句を言っているナツに、ふつふつと心が沸き立つ。そのどうしようもない衝動のまま、オレはナツの名前を呼んだ。

「ナツ」

 不意打ちのキスにぶすくれているナツがこちらを睨む。だからそれ、真っ赤な顔じゃ全然怖くねーよ。
 吹き出しそうになるのをなんとか耐えながら、とびきり甘く、もう一度ナツを呼ぶ。

「ナーツ」
「…なんだよ」

 ぶっきらぼうな声。ああ、さっきオレの名前を呼んだ優しいそれも好きだけど、この声も好きだな。
 そんなことをぼんやり思いながらもう一度、めげずに呼ぶ。

「ナツ」
「だからなんだよ!」
「好きだ」

 オレの言葉に、ナツはぱちりと目を瞬かせ固まる。またじわじわと赤くなってきたその頬を見て、オレはついに耐えきれず吹き出した。
 ああ、なんて可愛い奴!



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